ノンテクニカルサマリー

不眠を対象としたインターネット認知行動療法と「3つの良いこと」エクササイズの有効性の検証(3群ランダム化比較試験)

執筆者 佐藤 大介 (千葉大学)/関沢 洋一 (上席研究員)/須藤 千尋 (千葉大学)/平野 好幸 (千葉大学)/大川 翔 (千葉大学)/廣瀬 素久 (千葉大学)/竹村 亮 (慶應義塾大学)/清水 栄司 (千葉大学)
研究プロジェクト エビデンスに基づく医療に立脚した医療費適正化策や健康経営のあり方の探求
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

マクロ経済と少子高齢化プログラム(第四期:2016〜2019年度)
「エビデンスに基づく医療に立脚した医療費適正化策や健康経営のあり方の探求」プロジェクト

ポイント

  • わが国では、必ずしも改善につながらない睡眠薬による不眠症の治療が、副作用の問題、医療費を含む経済損失につながっている。利用しやすいインターネット上の生活指導としての不眠改善プログラムを提供することで、生活の質(QOL)の向上や医療費の適正化が期待できる。
  • インターネット認知行動療法(ICBT)、「3つの良いこと」エクササイズ(TGT)がそれぞれ不眠の問題に対して効果があるかを検証するランダム化比較試験(RCT)が行われた。
  • 分析の結果、ICBTあるいはTGTを4週間実施すると不眠の問題が改善されることが示された。
  • 本研究を踏まえ、本治療法の普及に向けた更なる検証が期待される。

1. 問題意識と研究の設計

およそ5人に1人が不眠に悩むわが国では、必ずしも改善につながらない睡眠薬による治療が、長期連用、依存、多剤併用等の問題を起こし、3兆5000億円(医療費を含めると5兆円)の経済損失につながっている。医療費適正化の観点からは、糖尿病、高血圧症、高脂血症のような生活習慣病に対して薬物治療だけでなく生活指導を積極的に導入しているのと同様に、不眠に対しても薬物治療だけでなく、エビデンスに基づいた生活指導を導入することが重要である。

(1) インターネットを使った認知行動療法

不眠を改善するための生活指導として、インターネットを使った認知行動療法(ICBT)が注目を集めている。米国では、不眠についての不安を高めるような認知(考え方)や行動の悪循環のパターンの変容を促す認知行動療法が治療の第一選択として活用されている。利用しやすいインターネット上の生活指導としての不眠改善プログラムを提供することができれば、多くの人々の生活の質(QOL)の向上や医療費の適正化が期待できる。

不眠症に対するICBTでは、患者と治療者が対面で行う通常の認知行動療法セッション(カウンセリング)を模して、オンライン上のコンピュータプログラムで認知行動療法を行う。不眠の認知行動療法は、睡眠衛生指導(睡眠に対する正しい知識を与え、質の良い睡眠をとることができるように生活上の条件を整えるもの)、刺激制御法(不眠を維持する行動習慣を見直し改善するもの)、認知再構成法(極端な認知の歪みを修正して、適応的な行動をとったり問題に対処したりすることを可能にするもの)、睡眠時間制限法(実際に寝ている時間と寝床で横になっている時間のギャップを修正し、睡眠効率(実際に寝ていた時間/寝床で横になっていた時間×100)の上昇を図るもの)から成る。

(2) ポジティブ心理学の3つ良いことを書くエクササイズ

幸福感、楽観主義、人生への満足感といったポジティブな心理的特性を育んでいこうという発想に立つポジティブ心理学の代表的な手法として、毎日3つ良いことを書くというエクササイズ(Three Good Things:TGT)がある。毎晩寝る前に、今日起きた良いことを3つ挙げるとともに、それがなぜ起きたかを書くという簡単な日記のような形式である。

(3) この研究で行ったこと

インターネット認知行動療法(ICBT)あるいは「3つの良いこと」エクササイズ(TGT)を4週間行うことが不眠の問題に対して効果があるかどうかをRCTによって検証した。主な評価尺度はPSQI(Pittsburgh Sleep Quality Index)であり、睡眠の障害が大きいほど得点が高くなる。

2. 結果と今後の方向性

不眠の問題を抱えた成人312名を無作為に割り付け(インターネット認知行動療法:ICBT群106名、「3つの良いこと」エクササイズ:TGT群103名、待機:WLC群103名)、4週間の介入期間を経た270名(ICBT群79名、TGT群88名、WLC群103名)の4週及び8週時点のPSQIの得点を分析した。WLG群とは、ICBT群とTGT群が介入プログラムを行った4週間の間に何らの取り組みも行わず待機していた群である。

分析の結果、図1に示されたとおり、4週時において、ICBT群、TGT群ともにWLC群よりPSQIが有意に減少した。(ICBT群:-1.56(95%CI -2.52 to -0.59,p<0.001)、TGT群:-1.15(95%CI -2.08 to -0.23,p=0.0018))。

図1:0週時から4週時、8週時のPSQIの変化量
図1:0週時から4週時、8週時のPSQIの変化量

以上のとおり、インターネット認知行動療法および「3つの良いこと」エクササイズは、それぞれ、不眠の問題を4週間で改善することが示された。一方で、参加者を選択するための過程で、質問紙回答結果の計算アルゴリズム算出に誤りがあった。この点を今後の研究では改善し、本治療法の普及に向けた更なる検証が期待される。