執筆者 | 森川 正之 (副所長) |
---|---|
ダウンロード/関連リンク |
このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。
その他特別な研究成果(所属プロジェクトなし)
1.背景
人工知能(AI)をはじめとする新しい自動化技術が人間の雇用を奪う可能性、賃金格差を拡大する可能性など労働市場に及ぼす影響についての関心が高い。この問題は、結局のところ新技術の開発・普及に伴う代替を通じて労働需要がどう変化するか、労働者の中でもどういうタイプの労働力への需要が増加/減少するかに依存する。
コンピューターなどIT普及の労働市場への影響は、1990年代以降活発に分析が行われた。産業用ロボットの影響についても最近研究が急速に進展している。しかし、AIやビッグデータの利用実態に関するデータを使用して労働市場への影響を研究した例は乏しい。こうした状況を踏まえ、本稿では、日本の個人を対象として独自に行ったサーベイ・データに基づき、AI・ビッグデータを利用している人の特性、これら新しい自動化技術と賃金や働き方改革との関係について観察事実を提示する。
2.データ
本稿では、「経済の構造変化・経済政策と生活・消費に関するインターネット調査・フォローアップ調査」の個人レベルのデータである。この調査は2020年1月に実施し、5,553人から回答を得た(回答率69.0%)。このうち調査実施時点で就労している3,554人を分析対象とする。同調査では、AI・ビッグデータの利用状況、働き方改革の進展と仕事の効率性の変化について尋ねている。これらの設問への回答と、性別、年令、学歴、就労形態、産業、職種、賃金(年間収入)、週労働時間の関係を分析する。
分析方法はシンプルで、クロス集計のほか、年収の対数を被説明変数とし、各種個人特性を説明変数とする賃金関数のOLS推計、働き方改革の実施確率、働き方改革による仕事の効率性の変化を被説明変数とするプロビットないし順序プロビット推計である。
3.主な分析結果と含意
分析結果によれば、第一に、AI・ビッグデータを仕事に利用している人は数%に過ぎないが、20歳台ないし30歳台、大学・大学院卒の高学歴者という傾向がある(図1参照)。この結果は、日本企業へのサーベイを用いた先行研究の結果と整合的であり、新しい自動化技術と学歴で測ったスキルとの補完性を示唆している。
第二に、AI・ビッグデータの利用と賃金水準の間には明瞭な正の関係があるが、自分自身がこれら新技術を利用しているかどうかよりも、勤務先の企業が利用しているかどうかが重要である。
第三に、勤務先のAI・ビッグデータ利用は、働き方改革の進展と強い関係があり、特に当該労働者自身がこれら新技術を利用している場合に業務の効率化との関係が強い(図2参照)。長時間労働の削減など働き方改革を進めるだけでは業務効率化には結びつかないが、AIなどの新技術の導入とあいまって働き方改革が生産性向上につながる可能性を示唆している。
AIをはじめとする新しい自動化技術の利用実態に関するデータは、企業レベルでも個人レベルでも極めて乏しい現状にあり、本研究はその実態解明に貢献するものである。ただし、本稿の結果は本質的にクロスセクション分析であり、また、働き方改革の進展や仕事の効率化についての結果は、回答者の主観的な評価に依存していることを留保しておきたい。公的な統計調査による実態把握の充実が期待される。