ノンテクニカルサマリー

人々は異文化を受容するか?

執筆者 中川 万理子 (東京大学)/佐藤 泰裕 (東京大学)/田渕 隆俊 (ファカルティフェロー)/山本 和博 (大阪大学)
研究プロジェクト 都市・地域の経済活動に関する一連の空間経済分析
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

地域経済プログラム(第五期:2020〜2023年度)
「都市・地域の経済活動に関する一連の空間経済分析」プロジェクト

国際化の進展とともに、国境をまたいだ人口移動が活発になり、さまざまな国で人種や民族の多様性が増してきた。実際、OECD諸国において、10人に1人が外国生まれであり、若年世代ではさらにその割合が高いと言われている。このように人種や民族が多様な人々が暮らす社会において、異文化への理解は社会を安定させるうえで極めて重要な役割を果たす。相互の文化を理解しない社会では、自分の文化にない振る舞いや行動を不快に感じ、必要以上に他の文化の下で暮らす人々に攻撃的になりかねない。もちろん、外国からの移民が増えるに従い、政府が、移民に対してその国で暮らすルールを知ってもらうための政策的支援を行い、また、自国民に対して移民の文化や状況を理解してもらうよう働きかけることも行っているが、そうした政策を実施するうえで、異文化の受容がどのような特性を持つのかを理解する必要がある。

本稿では、異文化の受容を、消費行動の観点から分析した。複数の民族が併存する社会を想定し、そこで民族特有の財やサービスが生産されているとする。この民族特有の財は、自分の民族のものであれば通常の財と同じように消費できるが、他の民族のものであれば、その消費に際して費用が発生する。これは、他の民族の文化を理解し、受け入れるための費用であり、自分の民族の人口規模が大きいほど情報共有などの効果から低くなるとする。つまり、他の民族特有の財の消費には、財消費のバラエティが増すというメリットと、異文化の理解の費用が掛かるというデメリットのトレードオフが発生するのである。こうした枠組みの下で、以下のような結果を得た。

少数派の民族の人口規模が徐々に増えていくに従い、少数派の中で多数派の財を受け入れて消費する人の割合は単調に増加するが、多数派の中で少数派の財を受け入れて消費する人の割合は、最初は増加するものの、ある時点から減少に転じる。ここでの少数派の民族は、外国からの移民を念頭に置いているため、この結果は、移民は受け入れ国の文化を受け入れ続けるが、受け入れ国の人々は、移民が少ないうちは移民の文化を受け入れるものの、多くなるとそれを拒絶し始めることを示している。

この結果には先ほどのトレードオフに加え、財市場での生産バランスが働いている。移民が増えると、彼らが受け入れ国の文化を理解する費用が下がるため、移民の異文化受容が促進される。一方、移民の増加により、その文化特有の財の供給が増えるかどうかは定かではない。移民の増加は、移民の異文化受容の程度を一定とすると、その文化特有の財のバラエティ供給を増やすが、先ほど述べたように、移民の異文化受容が促進され、その程度が増すにつれて、移民特有の財のバラエティ供給が減る可能性が生じる。移民が少ない間は前者の効果が支配的で、受け入れ国の人々は移民の文化を受け入れるのであるが、移民が多くなると後者の効果が支配的になり、受け入れ国の人々にとって異文化受容のメリットが減るため移民の文化を拒絶するようになるのである。

下の図はこの結果を図示している。横軸の\(λ_F\)は移民の中で受け入れ国の文化を受け入れる人の割合、縦軸の\(λH\)が受け入れ国の人々の中で移民の文化を受け入れる人の割合を表しており、移民が徐々に増えていくと、図の中で、原点から右に向かって、赤、青、緑の色のついた線上を移動する。3つの線は財のバラエティ間の代替の弾力性が異なる3つのケースを表していて、いずれのケースでも、受け入れ国の人々の中で移民の文化を受け入れる人の割合は移民が増えるに従い、最初は上昇するものの、途中で下落してしまう。

図:移民人口の変化と移民・受け入れ国の人々の中で相手の文化を受け入れる人の割合
図:移民人口の変化と移民・受け入れ国の人々の中で相手の文化を受け入れる人の割合

こうした理論的な結果は、近年外国人人口比率の上昇がみられる東京のデータとも整合的である。東京の市区別日本人人口および外国人人口のデータから、分離居住の指数を作ると、外国人人口が増加してきた過去60年間で、日本人はより偏って居住するようになり、中国、フィリピン、アメリカやタイの人々は日本人と混ざって住むようになったことが観察される。また、東京の各国レストラン数のデータをみると、さまざまな国について、その国出身の人の数とその国のレストランの数との間に逆U字の関係が観察される。これら2つの観察結果は、上の図が示す理論的結果と整合的である。

異文化受容行動が移民と受け入れ国の人々とで異なるという結果は、移民の受け入れ政策に重要な示唆を与える。移民の増加に伴い、最初は双方向の受容が進むため、特段の政策介入は必要ないが、徐々に受け入れ国の人々が移民文化を拒絶し始めるため、そうした段階では、受け入れ国の人々に移民の文化を理解してもらう啓蒙政策が必要になる。社会の分断が生じないようにするためにも、相互の文化受容のあり方をより深く理解することが必要である。