執筆者 | 近藤 恵介 (上席研究員) |
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。
その他特別な研究成果(所属プロジェクトなし)
背景
新型コロナウイルスの感染拡大防止に向けたさまざまな対策が政府によって取られている。その1つとして、都道府県間の移動自粛要請がある。ただし、移動自粛をした場合としなかった場合で、感染拡大防止においてどのような効果が得られるのかについて事前に十分把握できていない側面もある。また喫緊の課題であることから、十分データが集まってから検証をするのでは感染症対策が手遅れになってしまう。そこで、本研究では、疫学で用いられるSusceptible-Exposed-Infectious-Recovered(SEIR)モデルに都道府県間の移動を取り込んだモデルを構築し、そこからシミュレーション分析によって移動自粛にどのような効果があるのか評価することで政策立案に寄与することを目的としている(注1)。
都道府県間の移動自粛の潜在的効果を評価するため、他の条件を同じのまま、例年通り都道府県間で移動が行われた場合と都道府県間で移動が全く行われなかった場合という状況を想定し、その2つの状況の違いを都道府県間の効果として抜き出す方法を提案する。本研究では、このような反実仮想に基づいたシミュレーション分析によって効果の議論をしている。
方法
本研究のモデルの特徴は、普段の生活のように、日中は通勤・通学で移動し、夜に自宅に戻るという行動を考慮している点にある。つまり、人々は昼夜で異なった地域に滞在しているため、居住地が同じであっても日中にどこに滞在しているのかによって個人毎の感染確率が異なってくることにある。本モデルでは、人々は日中の滞在先で感染することを仮定し、移動を通じて地域内外に感染が拡大する側面を表現している。
分析において最も重要になってくる点は、人々の都道府県間の移動をどのように設定するのかである。本来は、人々の移動決定は移動先の感染状況によってリアルタイムに影響を受けるため複雑なモデルを考慮する必要があるが、ここでは簡単化のため、感染状況にかかわらず過去の都道府県間の移動が将来も変わらず継続していたらどうなるのかという反実仮想の下で分析を行う。使用したデータは、RESAS(Regional Economy and Society Analyzing System、地域経済分析システム)で提供されている、2015年9月から2016年8月までの毎月の平日・休日および時間帯を区別したデータである(注2)。図1において、今回使用した都道府県間の人流データを地図上に可視化している。

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結果
本研究におけるシミュレーション分析の結果に基づき、都道府県間の移動自粛の政策効果を議論する。結果を解釈するポイントは2つあり、1つ目は、都道府県間の移動が空間的な感染拡大にどのような影響を与えるのかという点、2つ目が、都道府県間の移動制限によって国全体の感染状況を抑え込むことができるのかである。
まず1つ目について、都道府県間の移動制限をすることによって、新型コロナウイルスの感染が地理的に広範な拡大することを抑え込めることが明らかになった。一方で、東京都や大阪府のように既に感染拡大が進んでいる地域においては、都道府県間の移動制限をすることによって、逆に感染拡大が進んでしまうという状況も明らかになった。これは、日中に感染していない人々が他県より東京都や大阪府や愛知県に流入することで感染率をむしろ引き下げる効果が働いていることを反映している。したがって、移動制限をすると感染者数が既に増えすぎている域内では感染者と接触する確率が高まることになり、感染拡大が起こりやすくなるという状況が発生する。したがって、移動制限だけでは感染拡大防止対策としては不十分で、感染拡大が既に進んでいる地域では政府の新型コロナウイルス感染症対策分科会から提唱されているように手洗いを徹底する、マスクを着用する、三密を回避する等の対策がより一層求められる。

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https://keisuke-kondo.shinyapps.io/covid19-simulator-japan/
シミュレーション分析は、事前に設定したいくつかのシナリオのもとでの予測結果であり、どのような設定をするかによって結果も大きく変わる。また、シミュレーション分析の結果が将来必ず現実化するわけではないので結果の解釈には注意しなければならない。複数のシナリオのもとでさまざまなシミュレーション分析を行い、それぞれの結果を比較することで、今後の必要な政策の方向性を見定めるという点で有効な手段である。
次に2つ目の点について、都道府県間の移動制限が国全体の感染者数を減らすという役割は非常に限定的であることも分かった。実効再生産数が1よりも大きく、感染拡大が急激に起こっている状況では、都道府県間の移動制限を行うことで、国全体の感染者数の伸び率を遅らせることはできるものの、より一般的な状況では国全体の感染者数を減らすことにはつながらないことがシミュレーション分析から明らかになった。
議論
2020年12月現在、新型コロナウイルス感染拡大の第3波が始まっている。今後、年末年始に向けて帰省する人々が増える可能性もあり、さらなる感染拡大が懸念されている。このような状況を受け、GoToトラベル事業も一時停止することが決定された。政府の新型コロナ分科会の記者会見でもGoToトラベル事業の一時停止が提案されていたように、大都市における感染拡大の影響が地方での感染拡大に波及していることを加味したものである。感染拡大が進んでいる状況では都道府県間の移動を自粛してもらうよう国民に強く要請することに対し、一定の根拠があることは本研究から示された通りである。
都道府県間の移動制限の主要な効果は、地理的な感染拡大を防ぐ・遅らせるという役割が大きい。このような公衆衛生対策の根本は、感染流行ピークが医療崩壊を招かないように時間を稼ぐ役割が大きく、その稼いだ時間の中でワクチン開発や必要な医療体制や経済活動が続けられるように環境を整備することである。まだまだ地方では医療体制が不十分なところもあることを考慮すると、移動自粛の果たす役割は大きいと考えられる。
移動制限を行うときに注意が必要な点もシミュレーション分析から明らかになった。既に感染拡大が進んでいる東京都、大阪府、愛知県等では、移動制限後にむしろ感染状況が悪化するという点である。これは封鎖された感染拡大域内で外出することで、これまで以上に感染確率が高くなってしまうことを反映している。したがって、不要不急の外出を控える、三密を避ける、テレワークが可能な職種ではテレワークを推進する、少しでも風邪の症状があれば外出を控える、手洗いを徹底する、マスクを着用する等の日頃の対策をこれまで以上に心掛けることが感染拡大防止にとって重要になる。
感染状況は刻々と変化するため、常に最新の状況に基づきながら、最も必要とされる政策が迅速に取られることが望まれる。
- 脚注
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- ^ SEIRモデルとは、将来的に感染する可能性のある状態(Susceptible)、感染し潜伏期間中の状態(Exposed)、発症している状態(Infectious)、感染症から回復し免疫を獲得もしくは死亡した状態(Recovered)という4つの状態の遷移を微分方程式によって表したモデルである。
- ^ RESASとは、Regional Economy and Society Analyzing System(地域経済分析システム)の略称で、地域活性化を考える際に役立つさまざまなデータを可視化できる。その中の「まちづくりマップ」の項目に、「From-to分析(滞在人口)」というデータがある。この「From-to分析(滞在人口)」は、NTTドコモが提供する「モバイル空間統計®」というビッグデータを集計したものである。NTTドコモの基地局の情報を基に、市区町村間で人々がどのような移動をしているのかを把握することができる。もちろん移動人数だけでなく、年月、平日・休日、時間帯、男女別、年齢別まで詳細に分かる。RESAS APIを用いることで2015年9月から2016年8月まで市区町村間の人流データをダウンロードできる。市区町村間の人流データを都道府県間の人流データに集計しなおしたものを本研究で使用している。