ノンテクニカルサマリー

高年齢労働者との接触が仕事満足度に与えるピア効果

執筆者 川太 悠史 (早稲田大学)/大湾 秀雄 (ファカルティフェロー)
研究プロジェクト 人事施策の生産性効果と雇用システムの変容
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

人的資本プログラム(第五期:2020〜2023年度)
「人事施策の生産性効果と雇用システムの変容」プロジェクト

高齢者の就業が促進される一方、労働市場においては若年労働者との間の代替の可能性などさまざまな懸念が存在する。しかし企業や人事担当者にとっては、すでに社内に存在し、今後も増えていく高齢社員をいかにして活用していくかという点は、最も重要な問題である。本研究では高齢社員の配置が、同僚や職場にどのように影響を与えているかを検証する。

高齢社員が職場に与える影響にはプラスとマイナスの両方が考えられる。第一に、経験豊富な高齢社員が、同僚へのアドバイスなどを通じて技能や知識を共有していく可能性がある。管理職経験があったり、技術者としてのノウハウを蓄積した高齢社員が配置されれば、職場内でこうしたプラスの影響が期待できるだろう。一方で、引退間近で仕事に対するやる気の低い高齢社員が、職場のやる気を引き下げてしまう可能性もある。背景には、定年後の急激な待遇の変化、仕事が変わることによるやりがいの喪失などが考えられる。本研究では、上記のようなプラスの影響とマイナスの影響のうち、職場にはどちらが反映されているのかを明らかにする。

分析には実在するメーカーの人事データを用いた。当該企業(以下Japan C3P Company)は63歳までの定年延長と再雇用の両方を実践している。筆者らは企業内で毎年実施されている従業員満足度調査を用い、高齢社員の配置が同僚の<仕事満足度>や<職場環境>にどのような影響を与えているのかを確認した。

平均的には高齢社員の配置がプラスの影響あるいはマイナスの影響を与えているという証拠は得られなかったが、配置される高齢社員あるいは同僚の属性によって影響が異なることが分かった。まず、高い賃金が支払われている高齢社員ほどプラスの影響を与えていた。この効果が能力を通じたものか、本人のやる気を通じたものかを区別する分析も行ったが、結果は、能力を通じたものであるという解釈とより整合的であった。このように優秀な高齢社員を継続して雇用するのは、法令順守の観点だけでなく、同僚や職場への影響という点でも意味があると結論付けられる。

次に、影響を受ける同僚の属性(年齢や仕事内容)によっても影響は異なる。表に結果をまとめた。<仕事満足度>への影響を見ると、20代は高齢社員と同じ職場で働くことで満足度が低下するのに対し、50代は満足度が上昇する。このような結果から、年齢差が高齢社員とのコミュニケーションや信頼関係構築に影響を与え、異なるピア効果を生み出していることが分かる。また、30代から40代の社員は、高齢社員と一緒に働くことで、<訓練機会>が充実したと感じている。一方で20代の社員の間ではこのような影響は見られず、若手よりもむしろ、業界知識や会社組織の理解も深く、責任を伴う業務を担うようになった中堅社員の方が、高齢社員から技能や知識を学んでいると分かる。

管理職社員との間でも結果が異なる。優秀な高齢社員が職場に配置されることで、管理職社員の満足度が下がることが分かった。自身の管理職としての権威が脅かされると感じているためだと考えられる。加えて、高齢社員が配置された場合、管理職社員は職場の意思疎通や連携が難しくなったと感じていることが分かった。このように一般社員と異なり、高齢社員の配置が管理職社員の間では、マネジメント上の難しさを生み出していることが分かった。

表:高齢社員の存在や人数が満足度等に与えた影響
表:高齢社員の存在や人数が満足度等に与えた影響
注:高齢社員の存在、もしくは高齢社員が職場に1人増えることが、結果指標に与えた影響。結果指標はすべて標準化されており、1上昇することが、1標準偏差の改善を意味する。灰色塗りつぶしが5%有意、斜線が10%有意、点が非有意を示す。

最後に本研究の政策インプリケーションをまとめる。分析からは、能力の高い高齢社員は同僚や職場にプラスの影響を与えることが分かった。このことから、能力の高い高齢社員が引き続き働きたいと思えるような待遇、仕事を与える必要がある。また、多くの企業が高齢社員に対し、若手の育成、技能伝承、管理職のサポートといった役割を期待しているが、実際にはうまく効果を引き出せていない可能性がある。それゆえ、高齢社員の配置にあたっては、同僚や職場の属性を考慮した上で、高齢社員の役割をより明確にした上で、必要に応じて研修や支援などを提供し、プラスのピア効果を最大化する取り組みが必要だろう。