ノンテクニカルサマリー

企業の主観的不確実性の計測:新たなエビデンスと新型コロナウイルスの影響

執筆者 陳 誠 (Clemson University)/千賀 達朗 (研究員(特任))/張 紅詠 (上席研究員)
研究プロジェクト 海外市場の不確実性と構造変化が日本企業に与える影響に関する研究
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

貿易投資プログラム(第五期:2020〜2023年度)
「海外市場の不確実性と構造変化が日本企業に与える影響に関する研究」プロジェクト

経済の基調判断および見通しが不確実性に言及することは多い。例えば、「海外経済の不確実性や金融資本市場の変動の影響に留意する必要がある」(月例経済報告)や、「不確実性の高さから先送りされていた設備投資」(日銀展望レポート)といった説明をよく目にする。本研究では、企業が直面する不確実性を計測できないかという問題意識のもと、経済産業省企業活動基本調査をサンプルにして独自の企業調査を2回実施した(2017年、2020年)。

本企業調査の新しいポイントは、企業がマクロ経済の先行き、および自身の経営環境の先行きについてどのような主観的な確率分布を念頭においているか直接聞いてみるという試みだ。具体的には以下の表1の通り、先行きについて5つのシナリオを尋ねて、各シナリオについて想定確率も尋ねるという設計を施した。こうしたサーベイは米国および英国でも実施されており、得られた回答から将来の見通しの分散を算出し、企業レベルの不確実性指標を構築することができる。なお、本サーベイの第2回を2020年1月に回収していたところ、新型コロナウイルスの感染拡大が中国で始まったため、こうした予期せぬ出来事が企業の将来見通しにどのような影響を与えるかを分析することが可能になった。ここでは、この点に焦点を当てた分析を紹介する。

表1:企業の売上高予測と予測確率に関する調査項目
表1:企業の売上高予測と予測確率に関する調査項目
注:2019年度「企業の事業計画と予測に関する調査」調査票より抜粋。

2020年1月時点では、武漢海鮮市場の閉鎖の後、立て続けにニュースが入り、武漢のロックダウンがあった頃には中国国内での経済活動について見通しを立てることが困難になっていた可能性が高い。もっとも、その後の世界中での経済活動停滞を見通すまでには至っていないことも思い出される。そこで、本研究ではこの点を確認すべく、1月初旬から中旬にかけてサーベイに回答した企業と、1月下旬から2月上旬にかけてサーベイに回答した企業を比較し、企業による売上見通しの水準が低下していたかどうか、売上見通しの分散が上昇していたかどうか分析した。また、こうした回答のタイミングの違いから確認される売上見通しの違いが、中国との輸出入がある企業とそうでない企業とで比較するとより顕著に確認できるかどうかについても分析した。分析から分かったことは、1月時点では、武漢における新型コロナウイルスの感染拡大が、中国との輸出入がない企業と比較して、中国との輸出入がある企業の売上見通しを引き下げるまでには至っていなかった点である。他方、中国との輸出入がある企業の売上見通しの分散は、 中国との輸出入がない企業と比較して顕著に上昇していたことが確認された(表2)。

表2:コロナショックと企業の売上見通しの分散
表2:コロナショックと企業の売上見通しの分散

このように、予期せぬ形でサーベイ実施中にショックが発生した事案をもとに、本研究ではショックが企業の将来見通しについてどのように影響を与えるか分析した結果、ショックに直面すると、企業の売上見通しが下方修正される前に、見通しの分散が上昇することが分かった。企業が悲観に振れる前に不確実性を認識するという結果は、本企業サーベイから得られた新しい知見であり、経済の現状および先行き見通しを担当する政策担当者にも有益なものと思われる。この点、例えばイングランド銀行では、企業サーベイ(Decision Maker Panel)を通じて企業による売上予測の分散を調査、不確実指標を作成して、政策決定会合資料や経済の見通し作成に用いている。アトランタ連銀でも同様のサーベイが実施されており、日本でも、企業が直面する不確実性についてデータ収集が始まると政策・研究に有益と思われる。