ノンテクニカルサマリー

不確実性下における情報取得と価格設定:新たなエビデンス

執筆者 陳 誠 (Clemson University)/千賀 達朗 (研究員(特任))/孫 昶 (香港大学)/張 紅詠 (上席研究員)
研究プロジェクト 海外市場の不確実性と構造変化が日本企業に与える影響に関する研究
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

貿易投資プログラム(第五期:2020〜2023年度)
「海外市場の不確実性と構造変化が日本企業に与える影響に関する研究」プロジェクト

コストや需要が変化しても企業は即座には財・サービスの価格を動かさないということは、名目価格の硬直性としてよく知られた現象である。こうした価格硬直性は、金融政策が実体経済にどのように影響を与えるのか、効果の大きさがどれくらいなのかを分析する際に使われるフレームワーク(中央銀行で利用されているマクロ経済モデル等)には欠かせないが、企業が価格変更を即座に行わない理由はさまざま考えられ、モデルによって念頭に置いている名目価格硬直性のメカニズムは異なる。代表的なものに、価格改定に伴いコストがかかるので、よほどのことが無ければ企業は価格を据え置くという説がある(例えばレストランのメニューを印刷しなおす必要があるなど)。もう1つには、コストや需要の変化を即座に把握するにはさまざまな制約があり、情報にも硬直性があるという説がある。本研究は、既存の研究があまり着目してこなかった「なぜ価格は硬直なのか」という問いを立て、価格調整と情報硬直性について分析をしたものである。

具体的には、財務省・内閣府「法人企業景気予測調査」を用いて、企業による情報の更新頻度と価格調整の関係をデータ分析した。同調査では、各企業が多岐の項目について足許の状況、先行きの予測について回答している。回答は、前四半期と比較して上昇、不変、下降、不明のうち1つを回答するように設計されているほか、売上に関しては定量的な実現値、先行き見通しもある。本研究で使用する項目は、価格調整、コスト、需要(マクロおよびミクロ)についての前四半期対比での足許の状況、先行きの予測についての回答である。データから明らかになった点をまとめると以下の通りである。まず、コストあるいは需要が変化したと回答した企業は、変化しなかったと回答した企業よりも価格を改定することが示されたものの、コスト・需要変化から価格改定への波及度合いは小さく、企業による価格調整はコスト・需要の変化に瞬時に反応しないことが確認された。なお、波及度合いはコスト変化の方が需要変化よりも大きいことも示された。また、こうした価格調整と情報の更新の関係は正であることが示され(表1と表2)、こうした価格および情報の硬直性は、景気回復期に高まり、景気後退期に低下することも示された。

表1:売上予測のアップデートと価格調整
表1:売上予測のアップデートと価格調整
注:価格調整:Indicator(\(output\,price_{i,t} ≠ output\,price_{i,t-1}\))
情報アップデート:
1. \(FU_{t-1,t}^{sales, strict}\) = Indicator(売上予測\(_{i,t} ≠\) 売上予測\(_{i,t-1}\))
2. \(FU_{t-1,t}^{sales, broad}\) = Indicator(売上予測対数差分変化の絶対値 > 1%)
表2:国内景況判断のアップデートと価格調整
表2:国内景況判断のアップデートと価格調整
注:価格調整:Indicator(\(output\,price_{i,t} ≠ output\,price_{i,t-1}\))
情報アップデート:
1. \(FU_{t-1,t}^{macro}\) = Indicator(前期と比べて国内景況判断が変化)
2. \(FC_{t}^{macro}\) = Indicator(今期国内景況判断が「上昇」か「下落」)

本研究の結果は、経済政策について以下のようなインプリケーションを有している。情報および価格の硬直性が景気後退期に低下するということは、景気後退期の企業による価格改定は、景気拡大期よりも頻繁であるということである。例えば通貨供給量が増え名目GDPが増加した場合、企業が価格を据え置いたままであればインフレ率はゼロとなり、実質GDPも増加する。一方で、企業が速やかに価格を上げると、インフレ率の上昇に伴って実質GDPは低下する。すなわち、金融政策の実体経済への効果と価格硬直性は正の関係にあるため、情報および価格の硬直性が景気後退期に低下するということは景気後退には金融政策の効果が低下するということを示唆する。金融政策の効果が景気後退に低下することは、翻って産業政策等が景気後退期により重要な果たす役割を果たすと言えるかもしれない。