ノンテクニカルサマリー

競争するブランドのカスタマージャーニーマップの構築:複素時系列分析の適用

執筆者 水野 誠 (明治大学)/青山 秀明 (ファカルティフェロー)/藤原 義久 (兵庫県立大学)
研究プロジェクト 経済ネットワークに基づいた経済と金融のダイナミクス解明
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

産業フロンティアプログラム(第五期:2020〜2023年度)
「経済ネットワークに基づいた経済と金融のダイナミクス解明」プロジェクト

マーケティングの世界では、カスタマージャーニーと呼ばれる、顧客とブランドの接点(タッチポイント)を分析する手法が注目されている。現代における企業と消費者の接点は、テレビのようなマスメディアと小売店に限られた時代から、インターネット、モバイルメディアなど新たに登場したメディアへと拡大している。しかも、多くの市場では多数のブランドがお互いに競合し、顧客が購買に至る道筋は単一ブランド内で完結するものではなく、ブランド横断的にならざるを得ない。このような複雑化した時間経路を的確に把握することは、マーケティングを行う企業のみならず、経済政策を立案する立場にとっても不可避になっている。

難しいのは、多くの市場でタッチポイントの数が増える傾向にあるだけでなく、競争するブランドの数も少なくなく、しかもそうした時系列データ間にさまざまな先行関係や遅行関係が存在し得ることである。それらの関係について事前に信頼できる知識がなく、また根拠なく強い仮定を置くことを避けるのであれば、何よりも探索的な方法で重要な関係を把握することが望まれる。そのような方法として、われわれは複素ヒルベルト主成分分析(CHPCA)とホッジ分解による同期ネットワークの構築という、新たな手法を適用する。CHPCAは時間的な先行や遅れを伴う有意な共動関係(comovement)を抽出し、ホッジ分解は相関の時間的構造を識別することを可能にする方法である。

われわれはこの方法を、2013年4月から2014年4月の日本のビール市場に適用した(用いたのは株式会社インテージのi-SSPデータである)。18ブランドから得られた全部で65の時系列データから、CHPCAによって2つの固有モードが抽出され、そこから図1のような同期ネットワークが描かれた。これを、ブランドごとに整理したのが図2である。そこから(1)ビールの購買はほぼ同時に起きやすい(季節性や気候の影響だと考えられる)、(2)価格は多くの場合購買などの他の変数に先行する(まれにそうでないケースがある)、(3)テレビ広告は必ずしも購買に先行しているとはいえず、企業内では同期しているが、企業間では異質性が大きい、といった知見が得られた。また、図3は2つの固有モードで作られる空間に個々の消費者を位置づけたもので、消費者間の異質性の大きさが窺える。これらの結果は、企業がマーケティング戦略を考える上でも、経済政策の立案者が企業行動を予測する上でも示唆に富んでいる。詳細については、論文を御覧いただきたい。

図1:65の時系列から得た同期ネットワーク
図1:65の時系列から得た同期ネットワーク
図2:各時系列(ブランド×タッチポイント)のホッジ・ポテンシャル
図2:各時系列(ブランド×タッチポイント)のホッジ・ポテンシャル
図3:顧客間の異質性(2次元空間への配置)
図3:顧客間の異質性(2次元空間への配置)