ノンテクニカルサマリー

市場規模が企業淘汰に与える影響

執筆者 近藤 恵介 (上席研究員)/大久保 敏弘 (慶應義塾大学)
研究プロジェクト コンパクトシティに関する実証研究
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

地域経済プログラム(第四期:2016〜2019年度)
「コンパクトシティに関する実証研究」プロジェクト

少子高齢化や人口減少を見据えたまちづくりとして、コンパクトシティ政策が進められている。その1つの根拠として、都市集積が生産性を高めることが挙げられる。しかし、都市集積は便益のみをもたらすわけではない。例えば、企業が集中して立地することで企業間競争がより激しくなり、売上が減少するかもしれない。結果的に、操業を続けることができず市場から退出せざるを得ないかもしれない。このような淘汰に関する学術研究は、近年の都市経済学分野において大きく発展し、都市政策への重要な含意を提供している。そこで、本研究では、周辺市場規模の大きさと企業の退出に関する分析を行った。

本研究の新規性は、企業の立地情報をジオコーディングにより識別し、地域メッシュ統計と接続することで、企業の市場退出に有意に影響を与える市場範囲を識別する点にある。また、サービス産業に属する単独事業所企業に着目することで、より周辺の局所的市場規模の影響を計測している。製造業の場合、製品が輸送可能なため、必ずしも生産拠点の周辺で激しい競争に直面しているわけではない。一方で、サービス産業では、消費と生産の空間的・時間的同時性という特徴があるため、立地周辺の市場規模からより大きな影響を受ける。

本研究における周辺市場変数の作成方法について図1を用いて説明する。図に表示されている格子状の線は基準地域メッシュ(第3次地域区画)と対応しており、区画の1辺の長さは約1kmを表す。手順として、まず、全国の単独事業所企業を対象に、どのメッシュの区画に立地しているのかをジオコーディングにより求める。次に、立地するメッシュを中心として、周辺の3km(図の赤色メッシュ)、3-6km(図の緑色メッシュ)、6-9km(図の青色メッシュ)の周辺市場圏内の総就業者数を地域メッシュ統計(総務省)から計算する。図1(a)では、JR東京駅が立地するメッシュを中心として、図1(b)では、JR大阪駅が立地するメッシュを中心として、周辺市場圏の地理的範囲を例示している。本研究では、これらの周辺市場変数を回帰分析に導入することで、どの範囲の市場規模が最も企業退出を高めるのかを明らかにする。

図1:地域メッシュ統計に基づく周辺市場変数の作成方法
図1:地域メッシュ統計に基づく周辺市場変数の作成方法
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注)各企業が立地するメッシュをジオコーディングにより求める。メッシュの中心地点を基準に、3km圏内、3-6km圏内、6-9km圏内の総従業者数を事業所・企業統計調査(総務省)、経済センサス‐基礎調査(総務省)、経済センサス‐活動調査(総務省・経済産業省)に関する地域メッシュ統計(総務省)から集計する。図に示す格子状の線は基準地域メッシュ(第3次地域区画)と対応する。上記の例では、JR東京駅、JR大阪駅の周辺市場圏を例示している。

企業の退出データとして、事業所・企業統計調査(総務省)、経済センサス‐基礎調査(総務省)、経済センサス‐活動調査(総務省・経済産業省)の調査票情報を用いた。分析方法は、従属変数に退出ダミー、説明変数に周辺市場変数(0-3km、3-6km、6-9km圏内の総就業者数)と企業属性変数を用いた線形確率モデルに基づいている。

分析の結果、図2に示すように、企業の退出確率に有意に影響を与える市場範囲は極めて狭く、立地点の周辺3km圏内の市場規模が最も大きな影響力を持っていることが分かった。さらに、都道府県別の回帰分析も行っているが、東京都や大阪府のような大都市ほど周辺3km圏内からの影響がより大きいことも明らかになった。また、大企業と比較して中小企業は市場からの退出確率が高く、特に激しい市場競争に直面する大規模な市場に立地する場合は、大企業がより操業を継続しやすいことが示唆される。

図2:市場規模が企業の退出に与える影響(サービス産業の単独事業所企業が対象)
図2:市場規模が企業の退出に与える影響(サービス産業の単独事業所企業が対象)
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注)従属変数に退出ダミー、説明変数に周辺市場変数(0-3km、3-6km、6-9km圏内の総就業者数)と企業属性変数とした線形確率モデルの係数推定値。

本研究の政策的含意として、政策的に都市集積を進める結果、一部の企業に対して退出を促進させるような効果をもたらす可能性を理解する必要がある。ただし、退出の促進自体を単純に問題視すべきではない。これは市場競争の結果であり、低生産性企業から高生産性企業への資源再配分が機能するならば、社会的にはより望ましい状態である。しかし、もし資源再配分が機能せず、倒産や失業が増大するという結果になってしまうことは政策的に避けなければならない。都市集積を目指す政策は、単純に生産性向上という便益だけでなく、淘汰をもたらすという点も考慮した政策議論が必要である。