ノンテクニカルサマリー

経済学分野での科研費の獲得による研究生産性上昇効果の分析−ポジション、所属組織による効果の違い−

執筆者 大西 宏一郎 (早稲田大学)/大湾 秀雄 (ファカルティフェロー)
研究プロジェクト イノベーション政策のフロンティア:マイクロデータからのエビデンス
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

イノベーションプログラム(第四期:2016〜2019年度)
「イノベーション政策のフロンティア:マイクロデータからのエビデンス」プロジェクト

1.研究費の効果測定の重要性

本稿では、経済学分野の研究者に対する科学研究費補助金(科研費)が学術研究の成果にどのような影響を与えているのかを実証的に分析した。大学等への研究助成が論文などの研究生産性に及ぼす影響を分析することは、資金配分の最適性、審査プロセス、および評価基準の再検討など、研究費の制度設計を考える上で重要な分析課題である。また、日本のように、財政赤字による政府予算の効率的な配分と成果が求められる中、研究者に対する予算の振り分けが成果を生み出しているのかどうかを明らかにすることは、EBPM(Evidence-based Policy Making)の観点からも重要と言えよう。

研究助成金とその効果についての実証分析は、国内外の研究を見ても必ずしも多く行われているわけではない。特に、因果関係の意味での厳密な分析は、非常に数が限られるというのが現状である(注1)。しかも、先行研究での分析結果は必ずしも一致していない。いくつかの研究では研究助成が成果に正の効果をもたらすことを示しているが、有意に研究成果を高めないという分析結果もあるのである。

研究費の配分効果は、研究者のポジションや置かれた研究環境によって異なると考えられる。しかし、現在までそのような違いによる研究費の効果の相違について着目した分析はほとんど行われていないという現状がある。研究費の効率的な配分を考えると、どのような属性の研究者で成果が出やすいのかを明らかにすることは、政策担当者や資金配分機関にとっても関心があるものと思われる。そこで本稿では、研究者の背景によって科研費の効果が異なるのかどうかも併せて実証的に分析した。

2.分析方法

本稿では、科研費での経済学分野の2005年から2012年までの応募データ(採択者だけではなく、非採択者データを含む)と、応募者の研究生産性を測る指標として科研費応募後2年目から6年目までの5年間の論文数、被引用件数(Scopusデータベースから収集)を分析に用いた。

分析では、そもそも優秀な研究者や優れたプロポーザルにより研究費が配分されやすいために起こる研究助成金獲得効果の上方バイアスを除去するために、科研費審査の第1段階での審査結果の点数(Tスコア)を割当変数として、スコアがわずかに高いために採択されたグループ(トリートメントグループ)と、低いために惜しくも採択されなかったグループ(コントロールグループ)を比較する、いわゆる回帰不連続デザイン(regression discontinuity design model)を推計に用いることとした。なお、分析では比較的応募者が多い基盤研究(B)、基盤研究(C)、若手研究(B)および若手研究(スタートアップ)(2009年まで)、研究活動スタート支援(2010年以降)を中心に分析した。

3.科研費全体の効果

科研費採択の有無と研究成果の関係性の全体的な傾向を図示したのが図1である。2次審査で入れ替えの結果採択不採択が入れ替わった応募者(non-compliers)を除外したサンプルを用いて、横軸に審査のスコア、縦軸に被引用件数(対数値)を表示している。スコアがゼロ以上は科研費採択者、ゼロ以下が科研費の非採択者を表している。左図は2次審査で入れ替えのなかったサンプル全体、右図はスコアがゼロ近辺のサンプルに絞ってみた結果である。図から被引用件数の近似曲線が、スコアがゼロの箇所で大きく断絶していることが分かる。両図とも科研費を配分されたグループで曲線が高くなっており、科研費をもらったグループはそうでないグループと比較して被引用件数が多い論文を書いていることを示している。厳密な分析を行った結果、科研費採択者は非採択者と比較して、論文数で10〜15%、被引用件数で20〜26%程度高いという結果を得た。この結果は、科研費の配分は研究者の生産性を高めることを示している。

図1:審査総合点(Tスコア)と論文被引用件数との関係性
図:用途別ロボット1台当たり価格
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4.科研費効果の異質性

ただし、科研費の影響は、研究者の経験、ポジッションや所属先の属性によって一様ではない。例えば、科研費の効果を金額ベースで評価した場合、基盤研究Bよりも若手研究Bの方が3倍程度大きいことを示す結果を得た。このような結果の違いは、基盤研究Bを応募する研究者ではより多様な財源があることが影響している可能性はある。他方で、若手研究者にとっては、科研費は研究遂行上、非常に重要であることも示しているといえる。政策的なインプリケーションを考えた場合、若手研究者に、より多くの予算を割り当てることはある程度正当化されると考えられる。この点で、最近の若手研究における採択率の引き上げを本研究は支持している。

図2は、科研費の効果を、研究者のポジションごとに比較したものであるが、専任講師を中心としたパーマネントポジションにある若手研究者において科研費は被引用件数を高める効果が強く、助教・助手・特任研究員等の任期付きポジションにある者ではむしろ論文数を増やす効果が強く認められた(注2)。採択後の研究者の行動パターンが、置かれている環境によって異なる可能性を示しており興味深い。また、前者のグループでの科研費採択者は、論文1件当たりの共著者数が減少する傾向が見られた。これは、科研費の取得が若手研究者の独立を後押ししていることを示していると思われる。

図3では、まず地域別の推計において、大都市部とそうでない地域での科研費の効果を見た場合、両グループの間に大きな違いはないが、科研費の取得数(経済学分野)の多い順に大学を3のグループに分けて推計した場合、最も科研費取得の多い大学のグループでは有意な科研費の取得効果が見られないという結果を得た。これは、一部の研究大学に研究費が偏ることによる研究費の限界生産性の低下を表している可能性がある。しかしながら、研究費には、同僚への支援や知識スピルオーバー、院生の教育を通じた外部性があることを考慮すると、今回の結果が直ちに研究費が集中することの弊害を示しているとは言えないことにも注意する必要がある。

以上の結果は経済学分野での結論であるので、他の理系分野でも同様の結果が得られるかどうかは今後の分析課題と言える。

図2:研究者のポジションと科研費取得効果の関係性
図2:研究者のポジションと科研費取得効果の関係性
図3:所属地域、大学の違いによる科研費取得効果(被引用件数に対する弾力値)
図3:所属地域、大学の違いによる科研費取得効果(被引用件数に対する弾力値)
脚注
  1. ^ 例外的に本稿と同じように因果関係を識別する方法として、Jacob and Lefgren (2011)、 Benavente, Crespi, Garone and Maffioli (2012)がある。研究助成と論文生産性に関する他の研究については、本文のサーベイを参照されたい。
  2. ^ 図2の論文1件当たりの被引用件数は(被引用件数に対する科研費の弾力値+1)/(論文数に対する科研費の弾力値+1)から1を引いた値で計算している。
参照文献
  • Benavente, José Miguel, Gustavo Crespi, Lucas Figal Garone, and Alessandro Maffioli. 2012. The impact of national research funds: A regression discontinuity approach to the Chilean FONDECYT. Research Policy 41 (8): 1461-75.
  • Jacob, Brian A., and Lars Lefgren. 2011. The impact of research grant funding on scientific productivity. Journal of Public Economics 95 (9): 1168-77.