ノンテクニカルサマリー

縮小都市の活性化:日本におけるサービス業から教訓

執筆者 近藤 恵介 (上席研究員)/大久保 敏弘 (慶應義塾大学)
研究プロジェクト コンパクトシティに関する実証研究
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

地域経済プログラム(第四期:2016〜2019年度)
「コンパクトシティに関する実証研究」プロジェクト

研究の背景

今後の少子高齢化や人口減少を見据え、2006年まちづくり三法改正では都市機能や居住地を中心市街地への集約する方向性が示された。これまでに中心市街地活性化基本計画の認定を受けた地方自治体は2017年3月24日時点で140以上にのぼり、対象区域内で様々な市街地活性化事業が行われている。そこで、本研究では、サービス業を対象に、中心市街地活性化政策が事業所の業績に与えた影響の評価を行った。

本研究が対象とするサービス業は、情報通信業、不動産業、飲食店、宿泊業、医療、福祉、教育、学習支援業、複合サービス事業等であり、これまで中心市街地活性化政策において中心的に議論されてきた小売業以外への政策効果を検証した点に新規性がある。

データと分析手法

本研究では、「2004年サービス業基本調査」(総務省)の調査対象となった事業所について、「2012, 2016年経済センサス‐活動調査」(総務省・経済産業省)の調査票情報と接続することで事業所パネルデータを作成した。

本研究ではマッチング差の差推定というマッチング推定と差の差推定の双方の利点を合わせた手法を用いた。中心市街地活性化政策は認定を受けたい市が自主的に基本計画を立案するため、選択バイアスによって政策効果を正しく検証できなくなる可能性がある。そこで、マッチング推定によって、政策の処置群と特徴が似ている事業所を対照群として選択する。次に、差の差推定では、処置群と対照群の差および政策実施前後の差を比較することで政策効果を推定する。

図1では、本研究におけるマッチング差の差推定のイメージを示している。政策実施前の情報を用いてマッチングを行うため、両群は非常に似た特徴を持つことになる。似た特徴を持つ事業所のため、政策がなければ引き続き似たような傾向を示すという仮定を置く。もし片方の群のみで政策介入があり、政策実施後に両群で差が生じたならば、それは政策効果によるという因果推論を行う。政策実施前の2004年時点の情報で事業所のマッチングを行い、2006年改正法以降の2004–2012年および2004–2016年のアウトカム変数の変化率を用いて政策効果があったのかを検証する。 本研究における政策の処置群は、中心市街地活性化事業が行われる対象区域に立地する事業所である。アウトカム変数は、事業所の収入額、利潤(収入額と経費総額の差)、平均賃金(従業者1人当たり給与総支給額)を採用した。

図1:マッチング差の差推定の考え方
図1:マッチング差の差推定の考え方
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注)著者作成。処置群はアウトカム変数の変化率がマイナスになっている。しかし、対照群の変化率よりも減少幅が小さいため、政策によって下降トレンドを食い止めているという解釈になる。

本研究の新規性

本研究の革新的な点は、マッチング差の差推定の問題点を改善した点にある。マッチング推定では観測できない情報を制御できない点に手法上の問題がある。特に、サービス業は製造業と異なり、輸送できず在庫を持てないため、周辺市場が業績に与える影響が大きいが、このような周辺市場の情報をマッチングで利用することはこれまで一般的に困難であった。本研究では、事業所の立地情報をもとに周辺市場の変数を新たに構築することで、因果推論の精度を高めたマッチング差の差推定を行っている。図2で示すように、事業所の周辺市場変数として、人口、第2次産業就業者数、第3次産業就業者数の地域メッシュ統計(総務省)を用いて、事業所周辺の0–3km、3–6km、6–9km圏内の変数を構築し、事業所変数とともにマッチング差の差推定を行った。

さらに、市町村の異質性を考慮し、都道府県県庁所在地の市とその他の市を区別した分析を行った(なお今回の分析では政令指定都市を除いている)。都道府県県庁所在地の市は、地方の中核都市であり、企業の支店・支社や行政機関が集中するため、多くのビジネス客が訪れる。また人口規模も大きいためサービス業の多様性も高く内需も大きい。空港や鉄道主要駅があり交通網の拠点として発展しており、多くの観光客が訪れる。一方で、地方における非中核都市は人口流出も大きく、市内公共交通の不便さもあり郊外化が進んでいるところが多い。これらの前提の違いは、似たような市街地活性化事業を進めても異なる結果を生み出しうる。

図2:周辺市場変数を考慮したマッチング推定の改善
図2:周辺市場変数を考慮したマッチング推定の改善
注)「地理院タイル」(国土地理院)を背景地図に使用。周辺市場変数は第3次メッシュ(約1km四方)に基づく地域メッシュ統計(総務省)を用いて作成している。この図では、富山県庁のあるメッシュの重心を中心にした周辺市場変数の作成例を示している。3km間隔で円を描き、0–3km、3–6km、6–9km圏内の人口、第2次・第3次就業者数を集計することで、事業所立地情報を考慮したマッチング推定を行っている。

分析結果と政策的含意

図3で示すように、マッチング差の差推定の結果、地方の中核都市では中心市街地活性化政策によってサービス業事業所の収入額と平均賃金に正の効果があることが分かった。一方で、地方の非中核都市ではそのような政策効果が見られなかった。小売業とは異なり、飲食店や宿泊業等は空間的・時間的同時性という特徴がより強く、局所的な集中によって正のスピルオーバー効果が存在する可能性を示唆している。例えば、地方中核都市の中心市街地には宿泊施設が多く、ビジネス客や観光客が多く訪れることで周辺の飲食店の業績にも正の影響を与えうる。ただし、利潤で見た場合には政策効果は見られないという結果であった。

政策的含意として、地方中核都市における中心市街地活性化はサービス業の業績改善につながることが期待される一方で、地方の非中核都市では必ずしも駅前周辺への集約が経済の活性化につながらないと考えられる。行政の効率化という点で中心市街地への集約は必要な側面もあるが、必ずしも経済活性化にはつながらない可能性がある。全国一律に1つの市街地に集約するような政策ではなく、地域の実情に応じた経済活性化政策を立案していくことが重要である。

図3:中心市街地活性化政策の処置群の平均処置効果
図3:中心市街地活性化政策の処置群の平均処置効果
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注)著者作成。論文の表1の結果を図で表している。丸マーカーは点推定値、ラインは95%信頼区間を表す。5%水準で統計的に有意の場合、丸マーカーは塗りつぶされている。