ノンテクニカルサマリー

政策的不確実性は海外直接投資にどの程度影響するか?:日本の国際投資協定からのミクロ・レベルのエビデンス

執筆者 稲田 光朗 (宮崎公立大学)/神事 直人 (ファカルティフェロー)
研究プロジェクト 直接投資および投資に伴う貿易に関する研究
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

貿易投資プログラム(第四期:2016〜2019年度)
「直接投資および投資に伴う貿易に関する研究」プロジェクト

企業や個人は日々さまざまな不確実性に直面している。自国政府や諸外国政府が将来実施する政策に関する不確実性である、「政策的不確実性 (Policy Uncertainty、以下PUと省略する)」もその1つである(注1)。PUは企業や個人の経済活動に影響を与えるが、特に不可逆的な選択やサンクコスト(埋没費用)の支出を伴う意思決定に対する影響は大きいと考えられる。海外への投資はその典型例である。海外に工場や事務所を新規設立したり、既存企業を買収したりするには多額の投資を要する。その一方で、進出先での経済活動はその国の法律の下で行わなければならないため、さまざまなリスクを伴う。たとえその国の市場規模が大きかったり、生産拠点として魅力的な条件が整っていたりしても、政情不安であったり、資産が保護されない可能性があったりすれば、企業は進出をためらうだろう。

このように、PUが海外直接投資に影響を与えることは容易に想像できる。しかし、どの程度影響があるかということについて、データに基づく検証はこれまで意外と少ない。しかも、同じ国であっても、すべての企業が同じPUに直面しているとは限らない。それにもかかわらず、既存研究では、国政選挙のタイミングや、国会における政策を巡る党派的対立の程度の指標など、国全体の指標がもっぱらPUの変数として分析に用いられてきた(Julio and Yook, 2016; Azzimonti, 2019)。そのため、同じ国内でも企業によって異なるPUに直面している可能性を捉えられてこなかった。

それに対して本研究では、国際投資協定に含まれる留保表の情報を用いることで、同じ投資受入国・地域でも、産業によって企業が直面するPUが異なるという点に着目し、PUが直接投資に与える影響を分析した。分析には、日本企業の海外現地法人の活動を捉えられるミクロデータを主に用いた(注2)。それを、わが国が2002年~2016年に22の国・地域との間で締結し発効した国際投資協定の情報と組み合わせて分析した。

国際投資協定には、二国間投資協定と、日・オーストラリア経済連携協定のような、投資章を含む経済連携協定がある。いずれも、相手国における自国投資家とその財産の保護や、相互に投資の自由化を約束することを主な目的として締結される(注3)。多くの場合、国際投資協定においては、パートナー国からの投資に対して、公正・衡平待遇のほか、内国民待遇や最恵国待遇などの義務を各締約国は負う。これらの義務によって、各国政府は外国からの投資に対する恣意的な政策の実施が制限され、投資を行う企業・個人の立場からはPUが低下すると考えられる。

しかし、各協定において、締約国は附属書を設けて、特定の義務を留保する産業を明示する「ネガティブリスト方式」によって一部の義務を留保することが少なくない。留保には、協定発効時に存在する、当該協定の義務に適合しない措置を維持する「現在留保」と、それに加えて将来的に新たな協定非適合措置の採用も許容する「将来留保」の2種類がある。後者は、協定の発効によって特定の義務に関してPUが低下しないばかりか、場合によってはPUが高まる可能性すらある。

このような留保表が入った国際投資協定が発効すると、産業毎に協定発効前からのPUの変化に差異が生じる。それを差の差推定法と呼ばれる計量分析の手法を用いて分析したところ、表のような結果が得られた。分析では、内国民待遇に関する留保と最恵国待遇に関する留保を分けて、かつ現在留保と将来留保を区別して影響を見ている。また、影響を受ける企業活動としては、海外現地法人における設備投資と設備投資の予測誤差、ならびに親会社のグローバル戦略における当該国(地域)・産業の占めるシェアを測る指標(注4)を用いている。いずれも、留保の対象となっていない産業に属する企業の協定発効前後の平均的な変化に対して、留保の対象となった産業に属する企業の協定発効前後の平均的な変化の違いを示したものである。表中に黄色でハイライトしている部分が統計的に有意な結果が得られた結果である。最恵国待遇の現在留保が海外現地法人の設備投資を阻害する一方で、内国民待遇の将来留保が設備投資の予測誤差を拡大させ、最恵国待遇の将来留保が親会社のグローバル戦略における当該国(地域)・産業の占めるシェアを低下させる効果があることが分かった。

表:国際投資協定の留保が直接投資に与える効果に関する推定結果
表:国際投資協定の留保が直接投資に与える効果に関する推定結果
注:DP中のTable 3の抜粋。各説明変数は、内国民待遇または最恵国待遇の現在または将来留保の対象となった産業であれば1となる変数と協定発効後の期間であれば1となる変数との交差項。黄色でハイライトした係数値は1%または5%水準で統計的に有意な結果を表す。また、推定された係数値の下の括弧内の数字は標準誤差。

これらの分析から、本研究では、投資受入国・地域におけるPUが実際に対内直接投資に対して負の効果をもつことを明らかにした。しかも、(内国民待遇が関係する)国内企業との競争条件に関するPUか、(最恵国待遇が関係する)他の外国企業との競争条件に関するPUかによって効果の現れ方が異なることも分かった。さらには、投資国との間で投資協定を締結することでPUを低下させて対内直接投資を増加させることが期待できるが、PUを低下させる程度が大きければ、多国籍企業のグローバル戦略における自国のシェアにまで影響を与えうることが示唆される。直接投資に影響を与えるPUを低下させる手段として、国際投資協定の締結は有効だと考えられるが、どのような内容の協定であるかが重要だと言える。

脚注
  1. ^ 経済政策不確実性指数 (Economic Policy Uncertainty Index)を構築し、日々のPUを可視化するプロジェクトが米国を中心に世界で20以上の国と地域で進められている。詳しくはhttps://www.policyuncertainty.com/を参照されたい。我が国では(独)経済産業研究所 (RIETI) がそのプロジェクトの一端を担い、日本に関する政策不確実性指数の計測と公表を行ってきている(https://www.rieti.go.jp/jp/database/policyuncertainty/)。伊藤新「わが国における政策の不確実性」(RIETI Policy Discussion Paper Series No. 17-P-019)なども参照されたい。
  2. ^ 具体的には、経済産業省が毎年実施している海外事業活動基本調査の調査票情報である。
  3. ^ RIETIにおいても、これまで主に国際経済法の観点から国際投資協定に関する研究が行われ、多くの成果が公表されてきている。関心のある方は、例えば、2011年~2013年に実施された「国際投資法の現代的課題」プロジェクトのウェブサイト(https://www.rieti.go.jp/jp/projects/program/pg-01/006.html)を参照されたい。
  4. ^ 具体的には、ある親会社が海外にもつ同一産業内のすべての現地法人が行う設備投資額の合計を分母とし、ある投資受入国・地域に立地する、その親会社がもつ現地法人における設備投資額の合計を分子とする割合である。
参考文献
  • Azzimonti, M. 2019. Does partisan conflict deter FDI inflows to the US? Journal of International Economics 120: 162–178.
  • Julio, B. and Yook, Y. 2016. Policy uncertainty, irreversibility, and cross-border flows of capital. Journal of International Economics 103: 13–26.