ノンテクニカルサマリー

コンパクトシティ政策は存続小売事業所に便益をもたらすのか? 富山市からの証拠

執筆者 岩田 真一郎 (富山大学)/近藤 恵介 (研究員)
研究プロジェクト コンパクトシティに関する実証研究
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

地域経済プログラム(第四期:2016〜2019年度)
「コンパクトシティに関する実証研究」プロジェクト

少子高齢化、人口減少を見据えた新たなまちづくりの方向性として、2006年改正まちづくり三法においてコンパクトシティ形成への方向性が示された。市街地の整備改善、商業等の活性化という従来の指針に加え、都市福利施設の整備、まちなか居住の推進も中心市街地における都市機能の役割として新たに強調されるようになった。このような背景のもと、コンパクトシティ形成を実現する政策として、中心市街地活性化が行われている。政策実施から10年以上が経ち、コンパクトシティ政策がどのような影響を与えていたのか検証が求められている。

コンパクトシティ政策の評価は多岐に渡たるため、本研究ではそのうちの商業活性化への影響に焦点を当てた分析を行う。また、分析対象として富山市に着目する。富山市は、国内でいち早く独自のコンパクトシティ政策に取り組んできた。富山市のコンパクトシティ政策は、「お団子と串」に例えられる。「お団子」とは居住や経済活動が集約された区域であり、「串」とはお団子をつなぐ公共交通網を意味する。中心市街地活性化ではJR富山駅や中心商店街を含む地区への都市機能の集約を目指すが、1つの拠点のみに集約するのではなく、郊外の公共交通沿線への居住も推進している。後者の政策は、「公共交通沿線居住推進事業」として富山市が独自に実施している。この富山市が独自に行ってきたコンパクトシティ政策の考え方は、2014年改正都市再生特別措置法に基づく立地適正化計画にも大きく反映されている。

富山市の中心市街地活性化および公共交通沿線居住推進事業の対象区域を図1に示している。日本のコンパクトシティ政策の特徴は、地方自治体が将来的にどこに集約を目指すのか区域を指定するという点である。中心市街地活性化では基本計画で示される対象区域の中でにぎわい創出やまちなか居住推進に向けた事業が行われている。公共交通沿線居住推進事業では対象区域内での居住に関する補助が受けられる。ただしさまざまな事業が行われた結果として、商業活性化を達成できているのかどうか評価が十分ではないことが指摘されており、本研究はこの課題に取り組んでいる。

本研究における貢献は、ジオコーディングという地理情報システムの技術を組み合わせることで、地理的に区域指定がされる政策を評価している点である。ジオコーディングにより政策の対象区域に立地している小売事業所を処置群とした政策評価が可能となっている。さらに、政策評価では、仮に政策が行われていなかったという状況に直面する小売事業所を対照群として設定することが重要である。そこで中心市街地活性化政策を評価する際は、2015年以降に中心市街地活性化基本計画が認定された市の対象区域内に立地する事業所をジオコーディングを用いて対照群として設定している。また、公共交通沿線居住推進事業を評価する際は、北陸4県(新潟県、富山県、石川県、福井県)の中心市街地活性化基本計画認定市における事業所の属性だけでなく周辺立地情報を含めたマッチングにより対照群を設定している。ジオコーディングを用いることで、事業所の立地点や周辺経済環境を考慮したマッチング推定が可能となり、より精度の高い政策評価が可能となっている。

マッチング推定と差の差推定による分析の結果は以下の通りである。対象区域内で諸々の政策が行われたが、もともと対象区域内に立地していた小売事業所に対しては販売額や雇用を向上させる効果をもたらしたとは言えないことが明らかになった。既存小売事業所に対して政策効果が十分見られなかった理由の1つとして、政策による人の呼び込みや居住推進の効果が十分でなかったことが考えられる。例えば、中心市街地活性化の富山市による最終フォローアップにおいても歩行者通行量の目標を達成できていないことが指摘されており、その結果、既存小売事業所に対して十分な売上向上につながっていなかったことが考えられる。もう1つの理由は、新規小売事業所との競争効果によるものである。コンパクトシティの議論では集積の便益により焦点が当てられるが、集積を通じて店舗間の競争が激化する可能性も考慮する必要がある。居住推進地区の指定がされたとき、大規模小売店舗は将来的に土地取得が行いやすい区域外周辺に立地する傾向にある。この場合、対象区域内で居住人口が増えていても、周辺の大規模小売店舗との競争の結果として政策効果が相殺されている可能性がある。今回の研究では上記のような背後のメカニズムまで十分解明できておらず、今後の課題として残されている。

コンパクトシティ政策ではまちづくりという包括的な視点から議論が必要であることに留意する必要があるものの、そのうちの目標の1つである商業活性化政策をどのように設計するのかという課題が本研究により鮮明になった。人口減少のさらなる加速が予測されるため、一定の居住の集約を目的とする政策は財政の観点からも重要である。一方で、地方が直面する人口減少は人口流出による部分が大きく、いかに経済を活性化させ雇用を創出することで引き留めるのかという長期的な視点からまちづくりを考える必要がある。コンパクトなまちづくりと地方創生を同時に達成するポリシーミックスとは何かについてより踏み込んだ議論が求められる。

図1:富山市における中心市街地活性化基本計画の対象区域と公共交通沿線居住推進補助対象地区
図1:富山市における中心市街地活性化基本計画の対象区域と公共交通沿線居住推進補助対象地区
注)「地理院タイル」(国土地理院,https://maps.gsi.go.jp/development/ichiran.html)を背景に用いた著者作成の地図のスクリーンショット画像。富山市公開地図情報システム「インフォマップとやま」(URL: https://www2.wagmap.jp/toyama/Portal)の「まちづくり情報マップ」より「公共交通沿線居住推進補助対象地区」から対象地区を検索している。赤色区域が都心地区(まちなか)、オレンジ色区域が公共交通沿線居住推進補助対象地区を表す。