このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。
産業・企業生産性向上プログラム(第四期:2016〜2019年度)
「生産性向上投資研究」プロジェクト
私たちの生活は、ITが普及するに伴い、大きく変化した。スマホで注文すれば、宅配で購入した商品が届く。コンビニでの買い物は、電子マネーで小銭なしに購入することができる。こうしたIT技術は、経済成長を考える上でも、汎用性を有する技術革新(General Purpose Technology, 略してGPT)として、その重要性が広く認知されている。
1990年代後半のIT革命以降、IT産業の企業だけが、生産性を上昇させたわけではない。IT技術を利用する企業も、IT技術を利用することで、新しい事業の在り方を取り入れ、これまでの生産過程を再編成し、生産性を上昇させることができる。たとえIT技術を利用しない企業であっても、IT技術を導入した企業によって生み出された知識を真似ることができ、低コストで組織再編等を行うことができる。このように、GPTであるITは、経済成長のエンジンとなっている。
しかしIT革命のようなGPTの場合は、その初期の段階で、企業組織の見直しや人材投資などの面において付帯的な費用(無形資産投資)を伴うことが知られている。設備投資の実証分析においては、設備の購入費用に加えて、設備投資に伴って「調整費用」がかかると考えるTobinのq理論が、標準的なアプローチとして用いられてきた。例えば、新しい機材を導入すると、生産ラインを調整しなおす、従業員が操作方法に習熟するための費用が付帯的にかかるだろう。Brynjolfsson et al. (2018)は、この従来型投資に伴う調整費用こそが付帯的な費用に相当するのではとみなしている。
このように、IT革命以降、調整費用の解釈は変化している。本稿では、1990~2013年度の日本の上場企業の財務データを用いて、資本財の多様性を考慮したTobin のq(Multiple q)の投資関数を推計することで、どの産業で、どういった資本財に調整費用が発生し、IT革命以前と以降で調整費用がどう変化しているのかについて、分析を行った。図に示した推計結果(注1)は、投資率1単位増加に伴い追加でどれだけの調整費用が掛かるのか、見方を変えれば、追加でかかる付帯的な費用を示している(注2)。推計結果は、1998年度以降、投資に伴う補完的な費用が減っていることを示している。すなわちIT革命時にもかかわらず、補完的な支出があまり行われなかったことを意味しており、日本経済のその後のIT革命へのキャッチアップの遅れを示唆する現象だと解釈することができる。IT集約的産業と非IT集約的産業の間の格差が1998年度以降は解消されていることから、1997年度以前には投資に伴う補完的な無形資産への支出を行い、事業の在り方を変えるといった組織改編などを行っていたが、1998年度以降には以前ほど行わず、過去に得た知識が他の産業へスピルオーバーすることで、1998年度以降に両産業間の格差が無くなった可能性が示唆される。生産性を今後高めるためには、各産業が1998年以降においてもIT投資に対する補完的な投資を行うよう、組織改編などを後押しする政策を取るべきであった。特に、サービス業または非R&D集約的産業では、R&D投資に伴う補完的な支出が大きいことから、R&D投資をサポートする政策の実施は、効果が高かったと考えられる。
- 脚注
- 参考文献
-
- Brynjolfsson, E., D. Rock, and C. Syverson(2018), "The productivity J-curve: How intangibles complement general purpose technologies," No.w25148, National Bureau of Economic Research, 2018.