ノンテクニカルサマリー

AIなどの新しい情報技術の利用と労働者のウェルビーイング:パネルデータを用いた検証

執筆者 山本 勲 (ファカルティフェロー)/黒田 祥子 (早稲田大学)
研究プロジェクト 働き方改革と健康経営に関する研究
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

人的資本プログラム(第四期:2016〜2019年度)
「働き方改革と健康経営に関する研究」プロジェクト

AI(人工知能)やIoT、ビッグデータ解析などの新しい情報技術の普及に伴って、労働者の働き方が大きく変わる可能性があり、新技術によって雇用が大きく代替されるリスクがあるなど、さまざまな指摘がなされている。そうした指摘の嚆矢となったのがFrey and Osborne (2013)による試算であり、米国の約半数の職業が10~20年で新しい技術に代替されるリスクが高いという結果は大きく注目された。しかし、Frey and Osborne (2013)と同様の試算を行ったArntz et al. (2016)によると、代替のリスクは9%程度と低く、雇用や失業に対する新しい情報技術の影響予測についての議論は収束していない。

一方、新しい情報技術は雇用や失業以外に、労働者の働き方にも大きな影響を与えうる。仮に新しい情報技術が労働者の雇用を代替するとしても、大規模な代替が生じる前の段階では、業務(タスク)の種類や進め方が変わることが予想される。また、新しい情報技術に代替されない労働者については、新しい情報技術に則した働き方をするようになると考えられる。そうした働き方の変化に伴って、労働者の健康や働きがいなどのウェルビーイングにはどのような影響が生じるのだろうか。新しい情報技術が労働者の業務遂行をサポートしたり、業務内容が高度化したりして、より働きがいのある健康でいきいきとした働き方が実現する可能性も考えられる。その一方で、新しい情報技術によって労働者の業務が複雑になったり、負荷が高まったりすることで、健康や仕事へのモチベーションが悪化する可能性や、新しい情報技術を利活用するために新たなスキルや知識を習得することが、労働者にとって心理的な負荷やストレスの増大につながる可能性もある。

AIやIoT、ビッグデータといった新しい情報技術が労働者のウェルビーイングにどのような影響を及ぼすかを実証的に明らかにした研究は非常に少ない。そこで、本稿では、労働者を追跡したパネルデータを用いて、AIなどの新しい情報技術の導入・活用の有無を捉え、その違いによって労働者のウェルビーイングがどのように変化するかを明らかにする。分析には、労働者のウェルビーイングを検証する多くの先行研究と同様に、「仕事の要求度-資源モデル」に準拠するが、新しい情報技術の導入・活用の状況に関する客観的な情報を用いることやパネルデータを用いた固定効果モデルで推計すること、全般的な技術ではなくAIなどの新しい情報技術の影響を把握しようとすることなどが、先行研究にはない本稿の特徴といえる。

検証の結果、まず、AIやIoT、ビッグデータなどの新しい情報技術は、ルーティンタスクが相対的に多い労働者、賃金の高い労働者、労働時間の長い労働者、業務の効率化などの働き方改革に取り組んでいる職場の労働者ほど、職場での導入・活用が進んでいると回答していることが明らかになった。次に、労働者のウェルビーイングを捉える指標として、メンタルヘルス指標、ストレス指標、ワークエンゲイジメント指標、労働パフォーマンス指標の4つを取り上げ、パネルデータを用いた推計を実施したところ、図に示したように、新しい情報技術の導入・活用によって労働者のウェルビーイングが改善する傾向があることが示された。例えば、新しい情報技術の導入・活用はストレスの大きい労働者のいる職場で導入されやすいが、導入によってストレスがさらに増大することはなく、むしろメンタルヘルスの全般的な状態やワークエンゲイジメントなどが改善することが明らかになった。一方、労働者の属性や仕事・職場の特性によって、新しい情報技術のウェルビーイングへの影響がどのように異なるかを検証した結果、40歳以上の労働者、ルーティンタスクの多い労働者、業務内容の明確性・仕事の裁量度の高い労働者、突発的な業務が頻繁に生じる労働者、業務の効率化や残業抑制、朝活・夕活の推奨、有給休暇の取得促進といった働き方改革を実施している職場の労働者などでウェルビーイングへのプラスの効果が顕著であることがわかった。ただし、テレワーク・在宅勤務を実施している職場の労働者については、新しい情報技術の導入・活用によってメンタルヘルスが悪化しうるとの結果も得られた。

以上のことから、AIなどの新技術の導入・活用は、仕事の要求度を高める効果よりも、仕事の資源として労働者を支援する効果のほうが大きく、結果的に、メンタルヘルスやワークエンゲイジメントなどのウェルビーイングを改善させるといえる。また、そうした効果は一様ではなく、労働者や職場の特性によって違いがあり、特に、業務内容の明確化や、仕事の裁量を増やしたり、各種の働き方改革を実施することが相乗効果として労働者のウェルビーイングを高めることにつながるといえる。

図:AI、IoT、ビッグデータの導入がウェルビーイング指標に与える影響(推計結果)
図:AI、IoT、ビッグデータの導入がウェルビーイング指標に与える影響(推計結果)
備考)
1. ***、**、*印は、それぞれ1%、5%、10%水準で統計的に有意なことを示す。
2. 本文の表3から抜粋。いずれも個人属性や仕事特性をコントロールした固定効果モデルの推計結果。表中の棒は、「職場でAI、IoT、ビッグデータを導入していない」あるいは、「導入の計画や検討もない」と答えたサンプルと比較した場合を示している。メンタルヘルス指標およびストレス指標は高得点になるほどメンタルヘルスが悪化もしくはストレスが増大することを意味するが、ここではワークエンゲイジメント指標や労働パフォーマンス指標などのポジティブな指標と合わせて観察するために、尺度を反転させ、高得点ほどメンタルヘルスが良く、ストレスが少ないことを意味するようにしている。
参考文献
  • Arntz, M., T. Gregory and U. Zierahn (2016), "The Risk of Automation for Jobs in OECD Countries: A Comparative Analysis," OECD Social, Employment and Migration Working Papers, No. 189, OECD.
  • Frey, C., and Osborne, M. (2013) "The future of employment: how susceptible are jobs to computerization," OMS Working Paper, University of Oxford (Retrieved September 17).