ノンテクニカルサマリー

都市集積の費用:日本におけるインバウンド観光ブームからの証拠

このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

地域経済プログラム(第四期:2016〜2019年度)
「コンパクトシティに関する実証研究」プロジェクト

少子高齢化、人口減少を見据えたまちづくりの方向性であるコンパクトシティ政策の1つの根拠として、都市集積が生産性を高めることが挙げられている。しかし、都市集積は便益のみをもたらすわけではなく、同時に混雑費用も発生させてしまうことに注意しなければならない。政策形成において、いかに都市集積の便益を享受しながら同時に費用を減らすのかという考え方が重要になる。

本研究では、都市集積の費用が生じる要因として、新たに「需要競合」という可能性を指摘している。ここでの需要競合とは、「超過需要が生じることで、限られた財・サービスを消費者の間で奪い合う状況」を指す。大都市には多くの人々が集中するため、一部のサービス事業者に短期的に需要が集中しやすく、このような競合関係が起こりやすくなる。また、サービスは生産と消費の空間的・時間的同時性や不可逆性という特徴を持つことから、製造業と比較して、サービス事業者が集中する大都市において需要競合が起こりやすいと考えられる。このため、需要競合が起こると、消費者はサービスを得られるまで順番を待ったり、別事業者のサービスを探したりと、追加的に非金銭的費用を負担する必要に迫られる。

このような需要競合が大都市において起こっているという仮説を実証的に検証するため、本研究では、日本の宿泊業に着目する。近年、訪日外国人数は増加傾向にあり、特に東京や大阪等の大都市において客室稼働率は非常に高い水準で推移している。大都市には観光だけでなくビジネス目的の国内旅行者も多く集まるため、このようなインバウンド観光ブームによる宿泊需要の急激な増加は、国内旅行者と外国人旅行者による宿泊需要の競合を引き起こすことが示唆される。

実証分析では、宿泊旅行統計調査(国土交通省観光庁)の宿泊施設の月次パネルデータを用いて、客室稼働率が徐々に高くなるにつれ、いつごろから需要競合が起こり始めていたのかを検証した。分析の結果、ビジネスホテルとシティホテルにおいて、インバウンド観光ブームが始まる2012-2013年頃から外国人と日本人の間で宿泊需要の競合が起こっていたことが明らかになった。また、このような需要競合はより大きな都市においてより強く起こっていたことが明らかになった。以下の図で示すように、特に東京や大阪におけるビジネスホテルとシティホテルでは客室稼働率が90%近くにまで達しており、供給量を超える過剰な宿泊需要が発生したことが需要競合の原因と考えられる。一方で、旅館やリゾートホテルでは客室稼働率にまだ余裕があることから、実証分析においても需要競合は検出されなかった。

この実証結果が示唆することは、より大きな規模の都市を訪問する人々にとって、宿泊施設の空室を探すことが難しく追加的な費用をもたらしているという状況である。このような需要競合から生じる混雑費用は、宿泊産業だけでなく、医療サービスを受ける際、通勤をする際、食事をする際等、さまざまなサービスを受けるピーク時間帯において頻繁に発生すると考えられる。都市機能の集約を目指す政策によって、需要競合を通じた混雑費用が生じやすくなる可能性を考慮しなければならない。一方で、超過需要に備えた過剰な供給設備を抱えることは事業者側における非効率な生産体制につながることにも気を付ける必要がある。本研究からの含意は、需要集中が起こりにくいように需要平準化を可能にする仕組みや、需要競合から消費者が被る混雑費用を引き下げられるような仕組みを解決策として用意しておく必要があるということである。

図:宿泊施設別の客室稼働率の推移(一部の都道府県のみ掲載)
図:宿泊施設別の客室稼働率の推移(一部の都道府県のみ掲載)
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注)国土交通省観光庁における宿泊旅行統計調査の集計結果(年の確定値)のデータを用いて著者作成。特に東京と大阪におけるビジネスホテルとシティホテルにおいて客室稼働率が高い水準が続いている。
http://www.mlit.go.jp/kankocho/siryou/toukei/shukuhakutoukei.html
(2019年11月19日確認)