ノンテクニカルサマリー

中国の国内移民における潜在的介護労働者の収入階層

執筆者 大久保 将貴 (東京大学)/川田 恵介 (東京大学)/殷 婷 (研究員)/鍾 仁耀 (上海華東師範大学)
研究プロジェクト 日本と中国における介護産業の更なる発展に関する経済分析
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

マクロ経済と少子高齢化プログラム(第四期:2016〜2019年度)
「日本と中国における介護産業の更なる発展に関する経済分析」プロジェクト

中国は急速な高齢化に伴い、介護労働者の不足が問題となっている。その主因の1つとしては、介護職の低収入が指摘されている。しかしながら、中国における介護職の経済状況についてはほとんど分かっていない。中国における介護労働研究が未着手である理由としては、介護労働が主に国内の移民(多くは農村部から都市部に流入した労働者)によって供給されており、国内移民を対象とした大規模データがほとんど利用されていない点が指摘できる。本稿では、中国における国内移民を対象とした唯一の全国調査データを分析することで、介護労働者の経済状況を明らかにすることを試みる。これまでの格差研究では主に不平等の指標が用いられてきたが、本稿では、介護/非介護労働者間の格差を明らかにする際に階層の指標を導入する。不平等は絶対的な水準の変動の程度を意味するが、階層は相対的な序列の分割(セグメンテーション)を意味する。両者の違いを仮の例で説明すると、図1が仮に女性(赤線)と男性(青線)の収入水準の分布を示すとして、左のグラフは男女間で「不平等」は小さいが、「階層」は大きい一方、右のグラフは男女間で「不平等」は大きいが、「階層」は小さい、と捉えられる。

図1:格差を表す概念である「不平等」と「階層」の相違について
図1:格差を表す概念である「不平等」と「階層」の相違について

国内移民に関する不平等とノンパラメトリックな階層指標(nonparametric stratification index: NSI)の計算結果は以下の通りである。第1に、不平等を平均収入の差でみると、介護/非介護労働者間において不平等が拡大している。他方で、介護/非介護労働者のNSIは低下傾向にある(図2)。すなわち、非介護職からランダムに抽出した個人が、介護職からランダムに抽出した個人より収入が高い確率が2011年の74%((1+0.47)/2)から68%((1+0.35)/2)に低下し、収入階層化がやや縮小している。第2に、NSIの要因分解の結果からは、各年のNSIは主にジェンダー内ではなくジェンダー間によって生じていることがわかる。第3に、ウェイトを用いた反実仮想分析によると、介護職と非介護職間の収入階層の変化は学歴の変化には起因しないことが明らかとなった。

図2:介護/非介護職間のNSIのトレンド
図2:介護/非介護職間のNSIのトレンド

以上の分析結果からは、介護職の処遇改善の必要性が示唆される。すなわち、介護/非介護職間の不平等は拡大傾向にある。また、国内移民における介護/非介護職間の収入階層化は縮小しているものの、階層化の程度であるNSIの値は0.7程度と依然として大きな値である。さらに、国内移民は中国全体において低い社会経済的地位にあることを踏まえると、国内移民のなかでも低い収入階層に位置する介護職の処遇改善は、今後の介護労働力不足の解消において不可欠である。