ノンテクニカルサマリー

日本の企業間取引ネットワークにおける階層的および循環的流れ構造

執筆者 吉川 悠一 (新潟大学)/飯野 隆史 (新潟大学)/家富 洋 (新潟大学)/井上 寛康 (兵庫県立大学)
研究プロジェクト マクロ・プルーデンシャル・ポリシー確立のための経済ネットワークの解析と大規模シミュレーション
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

産業フロンティアプログラム(第四期:2016〜2019年度)
「マクロ・プルーデンシャル・ポリシー確立のための経済ネットワークの解析と大規模シミュレーション」プロジェクト

企業間に働く種々の相互作用は、景気変動やインフレ/デフレをはじめとしてさまざまなマクロ経済現象において重要な役割を果たすと考えられている。例えば、各企業は直接あるいは間接的に商取引関係によって互いにつながり、複雑な生産ネットワークを形成している。東京商工リサーチ社により収集された企業間取引関係のデータ(2016年)は、日本における約100万の企業間の約500万におよぶ取引関係を収録した大規模データである。著者らは、RIETIによって提供されたこの貴重なデータを用いて、企業レベルでわが国の生産ネットワークの構造について実証的研究を行なっている。 研究成果の一部はすでに公開され(注1)、本論文はさらにその研究を発展させたものである。

従来、一国の生産ネットワークに起因する産業連関構造は、産業分類に基づく産業連関表を使って分析されてきた。産業間の財の流れについての基本構造は、「階層構造」と「循環構造」に大別される。図1に2つの流れ構造を例示する。階層的な財の流れは、サプライチェーンに代表される上流(原材料)から下流(最終製品)へ 向かう一方向の流れである。他方、循環的な財の流れとは、ある産業の生産物が他の産業にとっての投入物となり、産業が互いに連関し合っているフラットな構造を指す。典型的な例が、第2次世界大戦直後にわが国の産業復興のために採用された傾斜生産方式(基幹産業への予算の集中投下)である。石炭の採掘が鉄鋼生産に必要なエネルギーを生み出し、そのエネルギーを使って得られた鉄鋼から採掘機械が製造されれば、財の流れの循環が生まれ、その循環が成長の核となって産業全体が復興するという仕掛けである。これまでに行われた産業連関表に関する多くの分析は,産業間の取引には循環的連結があることは認めるものの、階層的連結の構造が支配的であることを強調している。

図1:生産ネットワークにおける階層構造(左)と循環構造(右)
図1:生産ネットワークにおける階層構造(左)と循環構造(右)

本論文では、Helmholtz-Hodge分解(注2)を用いることにより、生産ネットワーク上における企業間の取引流構造の階層性と循環性を定量的に解析した。 さらに、その循環流成分に着目し、企業同士が循環的取引流によって強く結びついている企業(ここではコミュニティと呼ぶ)をInfomap法に基づき抽出した。図2は、本論文で得られた主要な結果を可視化したものである。Helmholtz-Hodge分解で与えられるポテンシャル情報を可視化法に取り入れたことにより、各企業の階層的位置付けが明確された (Z軸上方向に配置されればされるほど、その企業は上流側に位置)。上段および中段は、生産ネットワーク の外観と半断面を示している。取引流構造の観点から企業を分類すると(蝶ネクタイ分解)、企業同士が双方向につながっている巨大強連結成分(緑色のGSCC)(約50%)とその 入力部分(赤色のIN)(約21%)および出力部分(青色のOUT)(約26%)へ概ね分解できる。生産活動のコアを形成する巨大強連結成分は階層性と循環性を合せもつのに対して、周辺に位置する入出力部分は階層性のみをもつ。上段の図で赤色と青色が大部分を占めていることが示しているように、生産ネットワークの外見は階層的であるが、中段の図では、上段の図と比較して緑色が増加していることが示しているように、その中心は循環性をも含んでいる。図2 の下段は、巨大強連結成分に対して抽出された大きさについての第1位から10位までのコミュニティを示す。第4位のコミュニティを除き、全てのコミュニティがZ軸方向(正方向が上流,負方向が下流を表す)に伸びており、循環流成分に基づく抽出ではあるものの、得られたコミュニティの階層性は高いことがわかる。例えば、第1位のコミュニティは、主として 衣料関係の製造業、卸売業、小売業の複合企業集団であり、その内部では、下段の左および真ん中の図が第1位のコミュニティーを示す赤色の点(コミュニティーを構成する企業)が取引の階層構造を示すZ軸の上方から下方に並んでいることを示しているように、「製造→卸売→小売」の方向に取引が偏っている。しかしながら、上流から下流へ向かう主要な取引流のみならず、逆方向に主産業を補完する輸送業、設備業、建設業および関連の卸売業などの企業からなるフィードバックループが形成され、1つの 循環流的コミュニティが構築されている。他のコミュニティに対しても基本的に状況は同様であり、 上流から下流へ向かっての主要産業の階層的取引流に対して、輸送業、サービス業、設備業、情報産業などの主産業を補完する企業が取引流全体に循環性をもたらしている。また、下段の右の図はZ軸上方から生産ネットワークをながめたものであり、コミュニティー間の独立性が高いことが分かる。 加えて、地域の分布についても各コミュニティは特徴的である。詳しくは本論文を参照されたい。

産業連関表は、経済構造の総合的な把握はもとより、経済波及効果の推計、各種経済指標の基準改定、災害の影響の予測など経済分析のさまざまな場面で用いられている。しかし、これまでの「産業」の定義は概念的であり、曖昧である。むしろ、企業レベルのミクロなデータから、企業間取引関係の現実に即応した企業集団を定義することが、産業連関分析の精度を高める上で望ましい。現実の生産ネットワークの取引流構造に基礎を置いた産業連関分析の発展は、より効果的な経済政策の立案に資すると大いに期待される。特に、本研究では、わが国の生産システムにおける取引流の循環性に着目(循環的産業連関構造は経済成長のエンジンになり得る)することにより、明確に企業集団を抽出できることを示した。 産業連関分析を創始するにあって財の循環を重要視したLeontiefへの回帰である。

図2:わが国の生産ネットワーク(TSR社の企業相関データから構築)の可視化
図:メンタルヘルスのスコアが1ポイント悪化した時に予測される就業者の減少数(及び総就業者に占める減少割合:%):性別、年齢層別
Helmholtz-Hodge分解から得られたポテンシャル情報を組み込んだバネ電気モデルを用いて、ネットワークの最適配置を決定(Z軸正方向が上流、負方向が下流)。各図ではノード(企業)のみを描画。上段は3方向から見たネットワークの蝶ネクタイ構造(IN: 入力部分、GSCC: 巨大強連結成分、OUT: 出力部分)の外観図、中段は上段図に対応する半断面図、下段は巨大強連結成分に対して得られたコミュニティを表示(大きさについて上位10位まで)。
脚注
  1. ^ https://www.rieti.go.jp/jp/publications/nts/18e026.html
  2. ^ 有向ネットワーク上での流れ構造を勾配流成分(高所から低所へ流れる水の流れに類似)と循環流成分(各ノードで入出力流量が均衡)へユニークに分割する数理的手法。