ノンテクニカルサマリー

日本の生産ネットワークのクルミ構造における階層的コミュニティ

執筆者 Abhijit CHAKRABORTY (兵庫県立大学)/吉川 悠一 (新潟大学)/家富 洋 (新潟大学)/飯野 隆史 (新潟大学)/井上 寛康 (兵庫県立大学)/藤原 義久(兵庫県立大学)/青山 秀明 (ファカルティフェロー)
研究プロジェクト マクロ・プルーデンシャル・ポリシー確立のための経済ネットワークの解析と大規模シミュレーション
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

産業フロンティアプログラム(第四期:2016〜2019年度)
「マクロ・プルーデンシャル・ポリシー確立のための経済ネットワークの解析と大規模シミュレーション」プロジェクト

主体間の相互作用が本質的な役割を果たす経済現象について深い理解を得るためには、ネットワーク科学の視点が不可欠である。たとえば、企業同士は、商取引、株所有、特許の共同出願、人物交流などを通してつながっている。企業全体は、そのような相互作用を通して、直接見ることはできない複雑なネットワークを自己形成しているのである。我が国の企業については、財務状況はもとより、仕入れ先、出荷先に関するデータについても、信用調査会社によって10年以上にわたって継続的に収集されている。本研究は、そのような網羅的な企業間取引関係データを基に、我が国の生産ネットワークの構造を明らかにすることを目的としている。

解析に用いたデータは、東京商工リサーチ社によって2016年に収集されたものであり、約100万社の企業とそれらの間の500万取引関係を含み、我が国の実体経済全体をほぼカバーする。このデータから構築された生産ネットワークは、複雑ネットワークに特徴的なスモールワールド性(無作為に選ばれた2つの企業は、平均してわずか4,5社を経由して接続)とスケール・フリー性(次数分布がべき的なテールをもち、1000社以上と取引をもつハブ企業が存在)を併せもっている。

このような企業レベルの大規模生産ネットワークの構造解析にあたって、企業間取引の向きを真正面から取り入れた研究はほとんど行われてこなかった。図1aは、本研究の生産ネットワークをばね・電気モデルを用いて3次元空間内で図示した結果である。見やすくするために、ノード(企業)のみが描かれ、リンク(取引関係)の描画は省略されている。ばね・電気モデルでは、直接の取引関係のある企業は、ばねでつながれ、互いに接近して配置される。加えて、すべての企業は同一の電荷が与えられ、クーロン斥力によって取引関係の薄い企業同士が偶然近くに配置されることを防いでいる。このような生産ネットワークの見える化により、企業同士が密接に結びついた編み目構造を形成し、生産活動の入力成分と出力成分がコアとなる巨大強連結成分を取り囲む2つの半球殻を成すことを見て取ることができる(入出力成分では取引流は上流から下流に向けて一方向であるのに対して、強連結成分内の取引流は循環的となっている)。我々は、このような生産ネットワーク構造をその形状(図1b)に因んで「くるみ」構造と名付けた。

図1aは、生産ネットワークがとても不均一であり、巨大強連結成分の中に、企業同士が取引関係によって双方向に強く結びついている企業の塊(コミュニティと呼ぶことにする)がさまざま埋め込まれていることを示唆する。実際に、流れに基づくコミュニティ検出法を使って階層的にコミュニティを抽出したところ、最大5層の階層構造が存在し、大部分の既約コミュニティは第2層(上位からカウント)にあることが明らかになった。図2は、第1層の主要コミュニティのネットワークを描いたものであり、図1aの粗視化(統計力学のもっとも基本的な考え方であり、ミクロからマクロへの橋渡しを行い、複雑な現象から簡明な法則を抜き出すこと)となっている。さらに、第1層および第2層における主要なコミュニティを特徴付けるために、業種や地域の過剰発現などのコミュニティ特性およびコミュニティ同士の関係性を詳細に解析した。また、コミュニティの特性には前述のくるみ構造も色濃く反映されている。

生産構造や生産の波及効果を定量的に議論するためには、レオンチェフに端を発する産業分類に基づく産業連関分析が古くから行われてきた。しかし、本研究により、現実の生産ネットワークに内在する階層的コミュニティの業種特性は、必ずしも産業分類と合致していないことが明らかになった。この結果は、同一の業種に属する企業同士が強く結合している場合に有用と期待される従来の産業連関分析の妥当性や精度に疑問を投げかける。図1aで示したネットワーク上を生産ゆらぎの連鎖反応が日々起きているはずである。さらに、そのダイナミクスを実際の階層的なコミュニティ構造を基に粗視化していくと、企業の集団運動として景気変動の実相が見えてくるに違いない。このように、マクロ経済現象に対する企業レベルのデータに基づく真のミクロ的アプローチが可能となってきた。また、景気変動シミュレーションのための役者(企業行動モデル)と舞台(生産ネットワーク)が揃いつつあり、実体に即したより効果的な経済施策を立案することもすでに視野に入ってきた。

図1:日本の生産ネットワークの可視化:(a)「くるみ」構造と(b)その模式図
図1:日本の生産ネットワークの可視化:(a)「くるみ」構造と(b)その模式図
図2:日本の生産ネットワーク(図1a)の階層的コミュニティ抽出:第1層主要コミュニティのネットワーク
図2:日本の生産ネットワーク(図1a)の階層的コミュニティ抽出:第1層主要コミュニティのネットワーク