ノンテクニカルサマリー

しきい値が連続的に変化する場合に拡張した回帰不連続デザイン

執筆者 Yingying DONG (カリフォルニア大学アーバイン校)/Ying-Ying LEE (カリフォルニア大学アーバイン校)/Michael GOU (PricewaterhouseCoopers)
研究プロジェクト 日本と中国における介護産業の更なる発展に関する経済分析
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

マクロ経済と少子高齢化プログラム(第四期:2016〜2019年度)
「日本と中国における介護産業の更なる発展に関する経済分析」プロジェクト

回帰不連続デザインは政策評価に使用する優れた疑似実験による実証手法の1つである。一般的な回帰不連続デザインは、特定の処置が施されたデータを処置群とその処置が施されない対照群に二分割して、処置の効果をみるという手法がとられる。しかし、回帰不連続デザインを実証分析に用いる際には、処置群と対照群を二分割する基準が連続的な場合も少なくない。その場合には、処置群が連続的に変化し、固定的な処置群と対照群の二分割は不適切である。本稿は回帰不連続デザインにおいて、しきい値が連続的に変化する場合に拡張し、因果関係を同定し、統計的推測理論を行えるようにした初めての論文である。

具体性を持たせるため、実証的な質問を考えてみる。資本金を増やせば銀行が倒産する可能性は低くなるだろうか。資本金が銀行の倒産に与える因果関係の推定を信頼できるレベルにするため、米国の20世紀初期の最低資本金規制(訳注)を利用する。

図1(左側)が示すように、最低資本金規制(実線で描かれている)は、都市の規模に基づいて割り当てられている。都市の規模は一定のしきい値と交差するので、最低資本金は跳ね上がり、そのため最下位の資本金の額が上方に移動する。図1(右側)は、95%信頼区間と連動した都市の規模に対する平均資本金を示している。最初の政策しきい値の平均資本金では大きな変化は見られず、80%の銀行は現在も営業している。通常の回帰不連続デザインを使用するだけでは、資本金の額との因果関係を推定するのは難しい。そのため、政策しきい値での平均資本金の変化を考慮する必要がある。資本金の分布変化の下方分岐点を使用することで、増加した銀行の資本金との因果関係の数量化が可能になる。

資本金規制を上げると、小銀行は資本金の額を増やそうとして、政策が意図する効果を妨げるような反応をする。特に資本金を1%増やすと、資本金の分布の下方の分岐点に位置する銀行全体では資産を1%近くまで増やすことになる。その結果、これらの銀行では長期間(最長で1905年から1929年の24年間)の営業停止リスクに変化がない。この結果から、大恐慌前の銀行取り付け騒動や信用不安をよりよく理解することができる。また、これらの結果は、金融規制の手法に関する議論でマクロ・プルーデンスの手法とミクロ・プルーデンスの手法のどちらを利用すべきであるかという現在の論争を考えるのに役立つが、比率を規制する管理体制では、ミクロ・プルーデンスの手法の方が資本金規制をより高く押し上げている。

われわれの実証分析例だけでなく、多くの公共政策や福祉政策も、必ずしも平均値を政策目標にしているわけではない。むしろ、処置分布を部分的に、あるいは平均値を変えたり、分散を変えたり、分布の一方の端あるいは両端を移すような処置の分布の特徴に焦点をあてている。例としては、最低学卒年齢、最低賃金、生活保護給付の上限、政府移転支出の上限、あるいは、環境規制当局が設定する汚染の許容限度などがある。処置の分布で真の変化が存在する場所に焦点をあてることにより、われわれの手法で最大効果をもたらす可能性のある政策面での措置を知ることができる。

図1:都市人口に対する銀行の資本金の散布図(左側)と最初のしきい値周辺の回帰不連続の平均の散布図(右側)
図1:都市人口に対する銀行の資本金の散布図(左側)と最初のしきい値周辺の回帰不連続の平均の散布図(右側)
脚注
  • ^ 訳注:米国の20世紀初期の最低資本金規制について
    米国では、銀行業への自由参入を認める一方で、銀行券発行の統一とその価値の安定化を図るため、1864年国法銀行法により最低資本金規制等が導入された。
    最低資本金規制は都市の規模に基づいており、20世紀初期は、人口3千人以下の都市で2万5千ドル、3千人超6千人以下の都市で5万ドル、6千人超5万人以下の都市で10万ドル、5万人超の都市では20万ドルとされていた。
    なお、銀行券発券業務は、1913年に中央銀行である連邦準備制度(FRS)及び連邦準備銀行(FRB)が設立された後、FRSのみが行うこととなり、全ての国法銀行がFRSに加盟した。