ノンテクニカルサマリー

企業経営者の多文化経験、企業ネットワーク、企業業績:企業データを利用した実証分析

執筆者 伊藤 匡 (学習院大学)/中村 良平 (ファカルティフェロー)
研究プロジェクト イノベーションを生み出す地域構造と都市の進化
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

地域経済プログラム(第四期:2016〜2019年度)
「イノベーションを生み出す地域構造と都市の進化」プロジェクト

多様な人材の交わりが新たな知恵や技術を生み、生産性向上を可能にすることは、都市経済学の分野などさまざまな分野で議論されている。労働経済学の分野において、生産関数の変数として資本と労働に加えて、ネットワークが重要なのではないかとの議論も近年なされている。しかしながら、実証的なエビデンスは少ない。本研究では、企業経営者が他の都道府県(地域圏)出身であれば、多様な人々や文化に触れた経験があり、それが多様な企業ネットワーク作りに繋がり、高い企業パフォーマンスを可能にする、との仮説を立て、同仮説を企業データを利用して検証した。

利用したデータは、帝国データバンク(TDB)による企業データ及び東京商工リサーチ(TSR)による企業間取引データである。TDBのデータより企業の立地、経営者の出身都道府県、経営者の出身学校、企業業績などを抽出、またTSRのデータより企業取引データを抽出した。表1は、TDBデータにおける企業の内、事業所が1つの企業に絞った場合の都道府県別の地元出身経営者による企業の数およびその割合を示している。想像に難くないが、東京都に立地する企業の内、東京都出身者によって経営されている企業の割合は27%と他の都道府県に比して大幅に少ない。徳島県の地元出身経営者率が80%と最も高く、次いで沖縄県(78%)、富山県、愛媛県、鹿児島県(いずれも76%)と続く。

表1:都道府県別地元出身経営者の企業数、割合
都道府県 地元(都道府県)出身経営者の企業の数 全企業数 地元(都道府県)出身経営者の企業数の割合
北海道 2743 3830 72%
青森県 775 1092 71%
岩手県 709 1054 67%
宮城県 983 1761 56%
秋田県 620 857 72%
山形県 696 961 72%
福島県 1010 1549 65%
茨城県 1002 1811 55%
栃木県 760 1343 57%
群馬県 1092 1658 66%
埼玉県 1148 3495 33%
千葉県 963 2805 34%
東京都 5757 21418 27%
神奈川県 1539 4680 33%
新潟県 1518 2033 75%
富山県 814 1069 76%
石川県 712 1001 71%
福井県 568 760 75%
山梨県 436 640 68%
長野県 1105 1563 71%
岐阜県 1038 1523 68%
静岡県 1963 3028 65%
愛知県 3488 5667 62%
三重県 789 1318 60%
滋賀県 382 810 47%
京都府 963 1676 57%
大阪府 3171 7520 42%
兵庫県 1607 3056 53%
奈良県 352 664 53%
和歌山県 490 721 68%
鳥取県 267 450 59%
島根県 394 563 70%
岡山県 959 1441 67%
広島県 1495 2315 65%
山口県 725 1060 68%
徳島県 429 539 80%
香川県 579 817 71%
愛媛県 864 1142 76%
高知県 400 582 69%
福岡県 2233 3788 59%
佐賀県 464 657 71%
長崎県 750 1043 72%
熊本県 948 1418 67%
大分県 752 1087 69%
宮崎県 649 929 70%
鹿児島県 1053 1388 76%
沖縄県 888 1142 78%
合計 53042 101724 52%

本研究では、図1における2つの矢印(青色)に示されているメカニズムを検証するのが最大の目的であるが、その前段階として、企業経営者の他地域での経験と企業業績との相関関係(緑色の矢印)を検証する。表2は統計的推定結果を示している。推定係数から読み取れるように、他都道府県出身経営者による企業の業績は良く、また経営者の能力の代替指標とも考えられる出身学校の偏差値は、企業業績と強い正の関係を有していることが分かる。東京都は特殊であるため、東京都を除いた分析も行ったが、質的に極めて似通った結果を得た。

図1:本研究の検証事項
図1:本研究の検証事項
表2:経営者の特性と企業業績との関係
被説明変数:従業者一人当たり売上高の対数
説明変数 推定係数 t値
他都道府県出身経営者(指標変数:1または0) 0.0960***" 11.58
出生地と異なる他都道府県の学校卒の経営者(指標変数:1または0) 0.00658 0.80
経営者の出身学校の偏差値の対数 0.355*** 13.72
従業者数の対数 -0.0996*** -25.38
備考:*: 10%有意、**:5%有意、***:1%有意。観測値数:39209。上記の変数に加えて、産業固定効果、都道府県固定効果をコントロール変数としている。R-squared:0.563(推定の説明力を示す指標。厳密ではないが、上記説明変数によって、全体の56.3%が説明されている。説明力は比較的高いと考えてよい。)

同様に、図1にて2つの矢印(青色)で示されたプロセスを追った分析の結果、他都道府県出身経営者は多様な企業取引ネットワークを構築すること、同ネットワークが企業業績と正の関係にあることが統計的に確認された。これらの結果は、多様な人の交わりを促す政策の重要性を示唆している。