ノンテクニカルサマリー

関連賃金と外国人労働者の仕事満足度:日本の企業・外国人社員マッチングデータを用いた検証

このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

人的資本プログラム(第四期:2016〜2019年度)
「日本在住の外国人の就労、移住と家庭に関する実証研究」プロジェクト

経済学における仕事満足度(job satisfaction)は、労働の流動性(labor mobility)の主な決定要因であり(Freeman 1978, Akerlof et al. 1988, Clark et al. 1998, Levy-Garbous et al.2007)、労働者と仕事のマッチングの質(matching quality)の指標にも採用されている(Ferreira and Taylor 2011, Barmby et. al. 2012)。そして、生産性にも影響を与えていること(Böckerman and Ilmakunnas 2012)が検証された。仕事満足度を決定する要因については、これまで経済学、心理学、社会学の分野で異なる視点から分析が進められてきたが、経済学の分析には、労働者が現在の仕事を他の可能性のある仕事の候補と比較し、その差によって仕事満足度が決められるモデルが注目されてきた(例えばLévy-Garboua and Montmarquette 2004, Lévy-Garboua et. al. 2007)。つまり、現在の仕事の状況のみならず、他に自分が得られる仕事と比べて、現在の仕事のほうが良ければ、満足度が高くなり、現在の仕事より、他の可能性のある仕事のほうが良ければ、満足度が低くなる。

他の可能性のある仕事における賃金は、関連賃金(relative wage)と呼ばれ、それが労働者の現在の仕事の満足度に負の影響を与えることが、海外の多くの先行研究で示されている。例えば、同じ職業の賃金(Cappelli and Sherer1988:米国データ)、居住する国、同じ教育水準、年齢、性別の労働者の賃金(Clark and Oswald 1996: イギリスのデータ; Ferrer-i-Carbonell 2005: ドイツのデータ; McBride 2001: 米国データ)、会社の同僚の賃金(Brown et al. 2005:イギリスのデータ)、家族の賃金(Clark 1996: イギリスのデータ)などである。

しかし、このような経済学の標準的なアプローチに従った研究は、本国民を対象とした研究であり、外国人労働者の仕事満足度については、筆者が調べた限りでは、このようなアプローチに従った研究はほとんどない。グローバリゼーションの進展によって、世界的に外国人労働者が急増し、日本においても近年、外国人労働者の受け入れ政策が積極的に推進されてきたことを踏まえ、本研究は、上記の経済学のアプローチで、外国人労働者の仕事満足度の決定要因を分析することにした。

外国人労働者の場合は、本国民労働者と異なり、他の可能性のある仕事には、出身国の仕事の機会も含まれるため、本国民労働者と同じ労働条件でも、仕事満足度の決定要因が大きく異なる可能性がある。その影響を検証するためには、本国民労働者と同じような仕事を行い、かつ、本国民労働者と属性が近い外国人のサンプルが望ましい。そこで本研究では、日本で高度教育を受けた経験があり、かつ、日本国内で仕事する外国人社員(正社員と契約社員)のグループに焦点を当てた。主なデータについては、日本全国で300人以上の従業員を持つ企業と、それらの企業で働く外国人労働者を対象にして、独立行政法人労働政策研究・研修機構が2008年に行った「日本企業における留学生の就労に関する調査」の個票データを用いた。

まず、賃金が高い労働者、残業の頻度が低い労働者、外国人の上司がいる労働者、ワーク・ライフ・バランスを重視した企業や長期雇用を中心とした企業で働く労働者は、仕事満足度が高いことが示された。

本研究の主な関心である、出身国での関連賃金(relative wage)が仕事満足度に与える影響については、3つの方法を用いて、頑健性のある結果を示した。まず、関連する労働者グループの平均賃金を関連賃金として利用する方法(Cappelli and Sherer 1988, McBride 2001, Ferrer-i-Carbonell 2005, Brown et al. 2008)では、出身国の平均所得が高い外国人労働者ほど、日本における仕事満足度が低いことが示された(表1:モデル(1) 中国、韓国、台湾出身者のサンプル)。それから、賃金関数から推定した個人レベルの期待賃金を関連賃金として利用する方法(Clark and Oswald 1996, Sloane and Williams 2000)では、出身国での関連賃金が高い労働者ほど、日本での仕事の満足度が低いことが統計的に有意に示された。ほぼ全員、出身国での賃金は日本より低いが、出身国で高い賃金がもらえる人ほど、日本での仕事満足度が低くなる傾向を意味している(表1:モデル(2) 中国出身者のサンプル)。最後に、サンプル・セレクション・モデルの方法も用いて、サンプル・バイアスを考慮しても、同じような結果が得られた (表1:モデル(3) 中国出身者のサンプル)。

最後に、本研究の外国人サンプルでは、賃金などほかの条件をコントロールした上で、教育レベルが高い労働者ほど、また、勤務先の企業の規模が大きいほど、そして、終身雇用を得た正社員ほど、日本での仕事満足度が低いことが示された。この結果の解釈として、上述のように、仕事の満足度は、単に現在の仕事から得られる効用だけでなく、労働者が現在の仕事を他の可能性のある仕事と比較することによっても影響されるため、教育レベルが高いこと、大企業で働くこと、あるいは正社員であることがあれば、労働市場で高く評価されやすく、外部で良い仕事を得られる可能性が高くなる。そのため、仕事満足度に対しては、現在の仕事から得られる効用により正の影響を与えることと、外部の機会により負の影響を与えることとの両方が存在し、後者の負の影響が前者を上回る場合、全体として仕事満足度に負の影響を与えることになる。実際に、それらの推定結果は、海外の多くの先行研究に一致する(Brown and McIntosh 1998, Clark and Oswald. 1996, Clark 1997, Gazioglu and Tansel 2006, Fabra and Camisón. 2009; Idson 1990, Clark et.al. 1996, Lydon and Chevalier 2002, García‐Serrano 2011, Tansel and Gazîoğlu 2014; Origo and Pagani 2009, Booth et. al. 2002)。興味深いことに、それらの結果は、日本人労働者についての先行研究と反する結果となっている。日本人労働者の結果が、国内にいる外国人労働者及び海外の多くの結果と異なるのは、日本独特の労働市場に原因がある可能性もあるが、この点については、今後の研究課題とする。

以上のように、本研究は経済学の標準的なアプローチに従い、日本のデータを用いて、外国人労働者の仕事満足度に影響を与える要因を検証した。政策的含意として、外国人労働者が世界的に増加し、優秀な人材を自国のみならず世界から獲得しようとする各国の政策を背景に、外国人労働者の仕事満足度を高める方法を考える際、外国人と本国民の異なる特性(特に出身国の労働市場)を考える必要があることが示唆される。日本においては、仕事の満足度について、所得が高い国から来た外国人労働者、学歴が高い外国人労働者ほど、満足度が低くなる傾向があるため、工夫が必要である。その際に、外国人マネージャーの起用や、ワーク・ライフ・バランスの考慮が有効であり、また、労働契約の形式よりは、企業全体としての長期雇用の方針のほうが効果的であることが示唆される。

表1:主な推定結果
表1:主な推定結果
注: ***有意水準1%、**有意水準5%、*有意水準10%; 括弧内は標準偏差。被説明変数は仕事満足度。