ノンテクニカルサマリー

技術標準策定プロセスにおける標準必須特許のライセンスポリシーに関する実証研究

執筆者 Dong HUO (Harbin Institute of Technology, Shenzhen)/Jiangwei DANG (University of International Business and Economics)/元橋 一之 (ファカルティフェロー)
研究プロジェクト IoTの進展とイノベーションエコシステムに関する実証研究
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

イノベーションプログラム(第四期:2016〜2019年度)
「IoTの進展とイノベーションエコシステムに関する実証研究」プロジェクト

技術標準の作成プロセスにおいて、参加企業は標準に関連する特許を標準必須特許(Standard Essential Patent)として宣言して、そのライセンス条項に関して公表することとなっている。また、そのライセンス条項としては、FRAND(Fair, Reasonable and Non Discriminatory)であることが求められる。このルールは標準技術を安定的に運営するために多くの標準機関で取り入れられているが、実際に参加企業がどのような条件でどのようなライセンスポリシーを公表しているのかについては明らかになっていない。ここでは、インターネットの技術標準を決めるIETF(Internet Engineering Task Force)の標準決定プロセスについて、ライセンスポリシーに関するデータベースを構築し、その決定要因に関する実証研究を行った。

ライセンスポリシーについては、①無償ライセンス(ライセンスの必要がないPublic Domain技術とするかライセンスの場合も無償でライセンス)か有償ライセンスか、②当該特許のライセンシーとの間で将来的に特許に関する問題が生じた際に(宣言した)ライセンス条件を見直すことができる「相対条項」を有しているか否か、の2点について検討した。また、そのライセンスポリシーの決定要因としては、米国裁判所における特許侵害事例のロイヤリティ算定ルールであるジョージアパシフィックルールを参照しながら、特許の技術的特性、国際パテントファミリーの数(法的保護対象範囲の広さ)、当該特許の技術標準全体における位置づけ(中心的特許か周辺特許か)などを用いた。

その結果、技術特性に関する変数はライセンスが無償か有償かには影響を与えないが、技術的価値が高いほど相互条項を入れる確率が上がることが分かった。また、標準技術と関係が深い特許(中心的特許)か否かについては、無償ライセンスの場合にはより相互条項が入っている傾向が、逆に有償ライセンスの場合は相互条項が入らない傾向があることが分かった(下図参照)。

図:標準特許の特性とライセンス条項の特徴
無償ライセンス 有償ライセンス
相互条項無 周辺特許 中心的特許
相互条項有 中心的特許 周辺特許

無償ライセンスの場合は、当該技術標準が、製品市場の競合他社も含めて幅広く利用される可能性が高くなるが、その一方で利用メンバーが広がることで、競合他社の特許によるホールドアップ(高額ライセンス料の請求など)を受ける可能性も高まる。従って、相互条件を入れることで対抗要件を残しておく誘因が高くなる。一歩で有償ライセンスの場合は、ライセンス料率まで最初から決めておく必要がないので、上記のようなホールドアップ問題に対して、相互条件が無い場合でもある程度対応可能である。逆に相互条件をいれてより厳しいライセンスポリシーにすると技術標準の利用が進まないことにつながるので、相互条件を入れない方がよくなる。

標準技術における知財戦略として、標準技術そのものを普及させるためのオープン戦略(特許の無償開放)を取る場合は、同時に事後的に競合他社からのホールドアップを避けるための対抗措置を設けることが重要である。