ノンテクニカルサマリー

設備投資に対する固定資産税の実証分析

執筆者 小林 庸平 (コンサルティングフェロー)/佐藤 主光 (ファカルティフェロー)/鈴木 将覚 (専修大学)
研究プロジェクト 固定資産税の経済・財政効果と改革の方向性
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

地域経済プログラム(第四期:2016〜2019年度)
「固定資産税の経済・財政効果と改革の方向性」プロジェクト

地方財政の標準的なテキストにおいて固定資産税は「望ましい地方税」の代表例として挙げられる。ただし、その前提は土地に対する課税であることだ。実際のところ、わが国の固定資産税は土地に加えて、家屋や機械設備等、償却資産を含む。特に償却資産に対する課税は、固定資産税に法人税とは異なる形での資本課税の性格を与えてきた。地方財政の理論では租税競争(税率の引き下げ競争)や租税輸出(税負担の他地域への転嫁)といった「財政的外部効果」に起因する「地方分権の失敗」(非効率)の多くは、この資本課税に拠ることが知られている。

わが国では「「中小企業の投資を後押しする大胆な固定資産税の特例の創設」(平成30年度税制改正)」など中小企業を対象に固定資産税(償却資産)の負担軽減が図られている。しかし、中小企業の投資行動と固定資産税(償却資産)との関連について十分な検証がなされてきたわけではない。政府が推し進める「証拠に基づく政策形成(Evidence-Based Policy Making:EBPM)」の観点からも実証分析が求められる。そこで本稿では資本税としての固定資産税の経済効果を検証する。具体的には工業統計調査の事業所別パネルデータを用いて、固定資産税の償却資産課税が設備投資(有形固定資産の形成)に及ぼす影響について実証した。本稿が分析するのは、固定資産税の償却資産課税が中小企業の投資行動に与える効果である。具体的には、2005年から2014年までの「工業統計調査」(経済産業省)の事業所別パネルデータを用いて投資関数を推定し、償却資産課税が投資に及ぼす影響を捉える。「工業統計調査」は、産業政策、中小企業政策等、国や地方自治体の政策の基礎資料になるほか、中小企業白書を含む各種経済指標の元データとして用いられている。本稿の対象は、「大分類E-製造業」(日本標準産業分類)に属する全国の事業所である。調査には従業者数30人以上の事業所を対象とした甲表と従業者数4~29人を対象とした乙表があるが、本稿は有形固定資産(設備投資)等の情報を含む甲表の中でも事業者数が単一の企業に着目する。特に赤字企業を含めキャッシュフローに乏しい(資金のやり繰りが困難な)中小企業に対する影響を実証分析する。

固定資産税率や法人二税の税率については自治体の超過課税あるいは軽減措置を勘案し、法定税率に代えて税収及び課税ベースの実績値から実質税率を市町村別・都道府県別に算出している。推定結果からは、固定資産税が設備投資を損なっている(マイナス効果が有意になっている)こと、特に流動性制約に直面している(キャッシュフローが負の)企業に対するマイナス効果が高いことが明らかになった。こうした結果から分かるように、応益課税の典型とされる固定資産税であっても、その経済的な帰結(設備投資へのマイナス影響)は無視するべきではない。地方税を巡る従前の議論は、応益課税や「地域社会の会費」など理念先行的であった面が否めないが、「証拠に基づく政策形成(EBPM)」を推進するには経済効果に着目した税制論議があって然るべきだろう。本稿の研究はそれに貢献できるものと考える。

表:設備投資関数の固定効果推定結果
表:設備投資関数の固定効果推定結果
(注)カッコ内は不均一分散に対して頑健な標準誤差。*** p<0.01, ** p<0.05, * p<0.1