執筆者 | 石川 貴幸 (一橋大学)/枝村 一磨 (日本生産性本部)/滝澤 美帆 (東洋大学)/宮川 大介 (一橋大学)/宮川 努 (ファカルティフェロー) |
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研究プロジェクト | 生産性向上投資研究 |
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。
産業・企業生産性向上プログラム(第四期:2016〜2019年度)
「生産性向上投資研究」プロジェクト
「当社は、5年連続で顧客満足度指数第1位を達成しました」という広告を目にすることがある。企業にとって、顧客が自社の製品をどのようにとらえているかという情報は、自社の製品に関する差別化戦略の策定など、多くの局面で参考となる情報といえるだろう。こうした情報は、消費者にとっても、より良い消費行動を選択するためにも参照される。各経済主体の行動にとって有用な満足度指数は、さらに、計測対象となる財・サービスの質を代理する変数として解釈することも可能であり、質を調整した生産性の計測という目的にも利用できる可能性がある。
これらの議論は、企業活動や消費行動の分析に当たって、サービスの質を計測することの重要性を意味するものである。しかし、サービスの質に関する議論は、個別のケーススタディにとどまることが多く、広範囲にわたる体系的な計測が行われている事例は乏しい。そこで本稿では、消費者側から見たサービスの評価を継続的に得ることのできる貴重なデータである顧客満足度指数を用いて、顧客満足度が高いサービスを生産する企業がどのような特性を有しているかを実証的に検討する。
具体的な実証分析のステップとして、まず、サービスの質については、日本生産性本部(サービス産業生産性協議会)が発表している顧客満足度指数を利用する。次に、顧客が評価するサービスの質が、企業属性(企業規模など)および外部環境(競争環境など)と何らかの関係を有していると想定する。この関係の背後には、サービスの質向上には企業努力の蓄積が必要であり、サービスの質向上がもたらす便益(サービスの需要増加に伴う限界収益の増加)と企業努力に伴う限界費用が等しくなる点で、各企業が最適な企業努力水準を決定しているというような理論的関係が存在する。本稿では、サービスの質と企業属性・外部環境との間の相関関係をシンプルな回帰分析で記述することで、企業活動や消費行動にとって重要な役割を果たすサービスの質の「あらまし」を理解することを中心的な課題とする。この意味で、サービスの質を決定する要因に関する因果推論を試みている訳でない点には注意が必要である。
本稿での実証分析から、企業規模、手元流動性、社齢が企業の提供するサービスの質と強く相関していることが確認された。また競争環境との関係では、厳しい競争に直面している企業も独占度の高い企業も質を高める努力を行っており、二極化していることが確認されている。既述の通り、本稿での分析は各種の企業属性をコントロールした上で、特定の変数とサービスの質がどのように相関しているかを検討したものであり、因果関係に配慮した分析を行っているものでは無いが、社齢に代表されるように、短期間で自由に変化させることのできない企業属性がサービスの質と正の相関を有しているという結果は、企業がどのような意思決定の結果として自社のサービスに関する質を決定しているのかを検討する上で、有益な情報を提供するものであると考えられる。
次に、こうしたメインの実証分析結果を踏まえ、サービスの質と労働生産性との間の相関関係についても検討した。例えば、労働効率を高める合理的なコーヒー・ショップの経営形態が顧客に受け入れられており、同時に従来の喫茶店に比して生産性も向上しているといったケースが想定される。仮に、こうした事例が中心的であれば、高いサービスの質を実現している企業が、生産性の面でも優れているというパターンが中心的な事例となるであろう。最も、労働効率の向上には必ずしも繋がらないものの、少ない顧客に対して多くの従業員がサービスを提供することで、顧客満足度を高める高級旅館のようなケースも想定されるため、サービスの質と労働生産性との間の相関関係を記述することは、サービスの質の「あらまし」をより詳細に理解するために有用であると考えられる。
上図が示す通り、本稿で用いた顧客満足度は、大半の分析対象企業において労働生産性と正の相関関係を有しており、生産性の面で優れた企業がサービスの質についても高い水準を実現していることが確認された。しかしながら、一部の業種においては低生産性企業が高い顧客満足度を示す例も見られるなど、各企業の技術的な選択の結果として発現する生産性とサービスの質の組み合わせが、同一産業内であっても多岐にわたる可能性を示唆している。
本稿で用いた顧客満足度データは、今後もさまざまな分析での活用が考えられる。例えば、顧客満足度が生産活動の結果であるアウトプットの数量を実質的に増加させるものであるという点を踏まえて、何らかの方法によって基準化した顧客満足度指数を企業レベルのアウトプットに乗じることで、修正版の労働生産性をダイレクトに計測するアプローチにも意味があると考えられる。