ノンテクニカルサマリー

幸福感と自己決定―日本における実証研究

執筆者 西村 和雄 (ファカルティフェロー)/八木 匡 (同志社大学)
研究プロジェクト 日本経済の成長と生産性向上のための基礎的研究
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

人的資本プログラム(第四期:2016〜2019年度)
「日本経済の成長と生産性向上のための基礎的研究」プロジェクト

本研究では、2万人の日本人のデータから、幸福感に影響する要因の分析を行った。

幸福感に関する研究は、従来から経済学や心理学において数多く存在する。ギリシャの哲学者アリストテレスは,幸福を人生の究極の目標ととらえていたし、最近ではフランスのサルコジ大統領が設置した委員会(CMEPSP)が、幸福度計測指標 についての報告書を出すなど、幸福感の測定に力を入れる国も出てきた。幸福感とは古くて新しいテーマである。

背景には、1970年前後から、所得水準と幸福度の値が必ずしも相関しないことが指摘され、心理学や経済学の分野で、幸福度研究が注目を浴びてきたことがある。特に、イースタリン(1974)による実証結果は、「イースタリン・パラドックス」と呼ばれて、多くの研究者が、幸福感を構成する要因を分析するきっかけとなった。

なお、われわれは、オックスフォード式の心理幸福度を測る質問によって幸福感を測定し、所得、学歴、自己決定、健康、人間関係の5つを説明変数とした。自己決定は、モチベーションを高め、満足感に影響することが、心理学者デシとライアンによって、指摘されている。われわれは、本研究で進学や就職といった人生における選択における自己決定の度合いをたずねて、実際に、幸福度に影響しているかを調べた。いずれも、具体的に回答することが可能で、個人間の比較も可能な変数である。それらをアンケートで尋ね、幸福感と相関するかについて分析を行った。われわれは、回答者に0から10の数値で幸福感のレベルを答えてもらい、主観的幸福度も測定している。幸福度として、心理幸福度あるいは主観的幸福度のいずれを使っても、結果に本質的な違いはなかった。

われわれの調査で用いたデータで、主観的幸福感の度合いを年齢別グラフにすると、中年期に落ち込む「U字型曲線」を描き、35〜49歳で主観的幸福感は下がることが分った。

異なる国のデータを比較した場合、より高い所得が必ずしもより高い幸福感をもたらしていないというのが「イースタリン・パラドックス」である。われわれは、日本のデータを用いて、一国内での所得と主観的幸福度の変化率の比(弾力性)を調べてみたところ、所得が増加するにつれて、主観的幸福度が増加するが、所得の増加率ほどには主観的幸福感は増加せず、その変化率の比も1100万円で最大となった。

最後に、健康と人間関係以外の要因の影響力を比較した。大学の入学難易度を考慮した学歴も調べてみたが、主観的幸福感への影響は統計的に有意ではなかった。世帯年収額と自己決定指標は、ともに主観的幸福感に対して有意に正の効果を持っている。既婚ダミーは正の値を取り、結婚している場合に幸福感は高まる。図で示されているように、自己決定は所得や学歴よりも強い影響を持っている。自分で人生の選択をすることが、選んだ行動の動機付けと満足度を高める、それが幸福感を高めているのであろう。

以上の結果は、国民総幸福量(Gross National Happiness)を検討する際には、扱うべき変数について重要な示唆を与えている。

図1:主観的幸福感を決定する要因の重要度(標準化係数)
図1:主観的幸福感を決定する要因の重要度(標準化係数)
注:学歴は説明変数として統計的に有意ではない。