ノンテクニカルサマリー

対外直接投資が国内における企業レベルの雇用創出・雇用消失に与える影響:日本の製造業企業データを用いた分析

執筆者 劉 洋 (研究員)/倪 彬 (法政大学)
研究プロジェクト RIETIデータ整備・活用
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

特定研究(第四期:2016〜2019年度)
「RIETIデータ整備・活用」プロジェクト

グローバル化の進行に伴い、多くの企業が対外直接投資(outward FDI)を行ってきており、対外直接投資が企業の業績に寄与する一方、国内の空洞化問題も懸念されている。これらを背景に、海外直接投資の国内雇用への影響に関する研究が、国内外で多く行われてきた。しかし、雇用の純増減に与える影響は分かるものの、雇用創出と雇用消失に与える影響は明らかになっていない。例えば、海外直接投資が純雇用を増加させる場合、雇用創出に正の影響と雇用消失に負の影響(換言すれば、雇用消失の改善)の可能性もあれば、雇用創出に負の影響と雇用消失にそれより大きい負の影響(換言すれば、雇用創出への負の影響を上回る雇用消失の改善)を与える可能性等もある。そこで本研究は、企業レベルの雇用創出・雇用消失に焦点を当てて分析を行う。

海外直接投資が国内雇用に与える影響について、日本の既存研究は具体的な研究対象によって主に2つに分けられる。1つは海外活動が雇用の粗創出・粗消失(gross job creation/destruction)に与える影響を対象とする研究である(例えば、Ando and Kimura (2015), Kodama and Inui (2015))。雇用の粗創出は雇用純増の企業の雇用増加数の集計値であり、また雇用の粗消失は雇用純減の企業の雇用減少数の集計値である。これらの主な分析手法は記述統計的なものである。もう1つは海外活動が企業の雇用純増減 (net employment change)に与える影響を対象とする研究であり、計量モデルが使われている(例えばHijzen et al. (2007), Yamashita and Fukao (2010), Tanaka (2012), Kambayashi and Kiyota (2015))。

以上のように、FDIが雇用の純増減に与える効果は先行研究において考察されてきたが、企業の最適行動である雇用創出と雇用消失に与える影響はまだ明らかになっていない。本研究では、計量分析を用いて、企業レベルの雇用創出・雇用消失を考察する。その際に、企業の最適行動である雇用創出(job creation)と雇用消失(job destruction)に関する標準理論(search theory)モデルにFDIの影響を入れ込むフレームワークを構築する。

本研究のデータは、経済産業省「企業活動基本調査」における1995年–2014年の製造業企業のパネルデータである。同調査では従業員50人未満の企業が除外されるため、結果の解釈は50人以上の企業に限定される。また、本研究では企業の最適化行動を分析するため、存続企業を対象(新規設立1年未満の企業と廃業する企業は除外)とする。さらに、主要な海外投資先であるアジア地域のFDIと欧米地域のFDIをそれぞれ考察する。

推計結果(表1)より、まず、先行研究が考察した雇用純増減に与える影響については、アジア地域向けの海外直接投資は雇用を増加させ、欧米地域向けの海外直接投資は雇用を減少させることが示された。低賃金の国への直接投資が国内雇用を増加させることは、フランスとイタリアの先行研究(Navaretti et al. (2009))と一致する結果である。また、本研究の主な貢献であるこれまで明らかになっていない雇用創出・消失に与える影響については、アジア地域向けの海外直接投資は、雇用創出に正の影響を与え、雇用消失に負の影響を与える一方、欧米地域向けの海外直接投資は、雇用創出と雇用消失両方に負の影響を与え、そして前者が後者を上回ることが明らかになった。

理論モデルを踏まえて、次のような解釈が考えられる。まず、アジア地域においては、技術レベルの低い職務(job)をアジア地域へシフトさせることにより、国内雇用の全体的な生産性(job productivity)が高くなり、利潤最大化のために、企業がより多くの新規雇用を創出する。また、このようなシフトによって、国内雇用をより生産性が高い職務に従事させ、期待収益がゼロを下回る職務の数が減少するため、雇用消失が減少する。一方、欧米地域においては、先進国であり、現地法人を設立するコストが高く、また、技術レベルの低い職務の海外移転のケースは少ないため、国内労働者の1人当たりの資本保有量が減少することによって生産性(job productivity)が低下し、雇用創出が減少する。欧米地域で現地法人を設立すると、現地市場の獲得によって販路が拡大し、国内で期待収益がゼロを下回る雇用の一部を取り戻すことができる。しかし、この雇用消失を減らす効果は、雇用創出を抑制する効果より小さいため、全体的にFDIが雇用の純増減に負の影響を与える。

以上のように、本研究は対外直接投資が企業の最適行動である雇用創出と雇用消失に与える影響を考察した。雇用消失には、対外直接投資が負の影響を与えること、雇用創出には、対外直接投資が正(アジアFDI)または負(欧米FDI)の影響を与えることが分かった。海外直接投資(FDI)には、製造業企業の既存雇用(job)の消失を改善する効果が確認された。また、新規雇用(job)の創出については、アジア向けのFDIがプラス寄与する一方、欧米向けのFDIは抑制することに留意する必要があると考える。

表1:主な推定結果
モデル1 モデル2
雇用純増減 雇用創出 雇用消失 雇用純増減 雇用創出 雇用消失
アジアの子会社 15.11
[50.48]***
0.98
[3.13]***
-13.04
[-41.55]***
13.01
[58.55]***
1.70
[7.37]***
-8.68
[-41.26]***
欧米の子会社 -2.39
[-21.76]***
-4.11
[-35.99]***
-1.74
[-15.00]***
-1.74
[-17.33]***
-4.16
[-39.93]***
-2.13
[-22.03]***
その他の変数 (省略)
操作変数 Yes Yes Yes No No No
R-squared 0.06 0.11 0.05 0.06 0.11 0.03
N 167488 167488 177556 167488 167488 207556
注:***1%有意
参考文献
  • Ando, M., Kimura, F. (2015). "Globalization and domestic operations: Applying the JC/JD method to Japanese manufacturing firms." Asian Economic Papers 14, 1-35.
  • Hijzen, Alexander; Inui, Tomohiko; and Todo, Yasuyuki. (2007) "The Effects of Multinational Production on Domestic Performance: Evidence from Japanese Firms." RIETI Discussion Paper Series 07-E-006.
  • Kambayashi, Ryo, and Kozo Kiyota. "Disemployment caused by foreign direct investment? Multinationals and Japanese employment." Review of World Economics 151, no. 3 (2015): 433-460.
  • Kodama, N., Inui, T. (2015). "The impact of globalization on establishment-level employment dynamics in Japan." Asian Economic Papers 14.
  • Navaretti, G.B., Castellani, D. and Disdier, A.C., (2009). How does investing in cheap labour countries affect performance at home? Firm-level evidence from France and Italy. Oxford Economic Papers, 62(2), pp.234-260.
  • Tanaka, Ayumu. (2012) "The Effects of FDI on Domestic Employment and Workforce Composition." RIETI Discussion Paper Series 12-E-069.
  • Yamashita, Nobuaki and Fukao, Kyoji. (2010) "Expansion Abroad and Jobs at Home: Evidence from Japanese Multinational Enterprises." Japan and the World Economy, 22: 88-97.