ノンテクニカルサマリー

協力的知識創造のメカニズム:日本の特許データを用いた実証研究

執筆者 森 知也 (ファカルティフェロー)/坂口 翔政 (東京大学/日本学術振興会)
研究プロジェクト 経済集積の空間パターンと要因分析のための実証枠組の構築
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

地域経済プログラム(第四期:2016〜2019年度)
「経済集積の空間パターンと要因分析のための実証枠組の構築」プロジェクト

知識創造は、技術革新に繋がる経済成長の源泉、技術の模倣や伝搬を介した市場・競争構造の決定要因、更に、研究開発活動の集積を介した東京など巨大都市に特有な機能等、様々な経済現象を説明する根本的な経済活動の一つとして認識されてきた。しかし、それにも関わらず、そのミクロレベルのメカニズムはこれまで殆ど理論化されておらず、実証分析も極めて少ない。

本論では、日本において1995-2009年間に出願された特許を対象に、Berliant and Fujita (2008)による協力的知識創造のミクロ経済学モデルに依拠した回帰モデルを構築し、研究者間の協力関係を内生性化した上で、知識創造の因果関係について分析している。特に、手法面では、間接共同研究者の共変量を用いつつ、除外制約を満たす強い操作変数を構築してネットワークの内生性を解決する新しい方法を提案し、政策面では、共同研究関係の流動性を政策的に確保することで、研究者間の固有知識の交換を容易にして技術革新を促進する可能性を示唆し、従来から検討されてきた知的財産保護による模倣の抑制とは別の視点を提供している。

Berliant-Fujitaモデルでは、研究者が、共同研究者間の共通知識を介して互いの固有知識を交換することにより新たな知識を創造するメカニズムを提案している。同じメンバーで長く共同研究を続ければ共通知識が固有知識に対して過剰になり、逆に、別れて長く研究を続ける研究者間では共通知識が不足し、互いの固有知識を十分に活かすことができなくなる。研究者は、共同研究者の数と、その各々との協力時間の配分を選ぶことで発明の生産性を最大化する。本研究では、彼らのモデルの中で、特に、技術革新に繋がる共同研究者の固有知識量が、個々の研究者の発明の生産性に及ぼす影響、および、個々の研究者による新規の共同研究の立ち上げと、それにより獲得し得る共同研究者の固有知識量の間の因果関係に焦点を当てた回帰分析を行っている。

また、本研究では、出願特許の質を被引用数で表現して発明者の生産性を評価する従来の方法に加えて、特許の技術的新規性を、技術分野毎の特許出願日順位を元に定義することにより、発明者の生産性を、関わった特許の技術的新規性により評価する方法を取り入れ、より直接的に知識創造活動と技術革新の関係性を表現している。

以下、1995-1999年、2000-2004年、2005-2009年を、それぞれ、第0、1、2期とし、本研究において背景にある因果関係が解明される特徴的な事実を紹介する。

図1(a)(b)では、それぞれ、質・新規性ベースの生産性の下で、発明者を、第0期の生産性順位について上位5%, 5-10%, …, 95-100%と、5%毎に20の生産性クラスに分け、各クラスの発明者の生産性順位が次の第1期にどのように変化したかを表している(但し順位は各期の最下位を1として相対化している)。

青の棒グラフは、各クラスにおいて、第1期の順位が第0期の順位以上である発明者の割合を示している。どちらの生産性定義の下でも、第0期において上位50%位以上の発明者で、少なくとも同じ相対順位を第1期でも保持しているものは、半数未満に留まっている。この傾向は、第1・2期間でも同様であり、模倣や陳腐化による顕著な生産性低下圧力が存在することが観察される。一方で、赤の棒グラフは、第0期の各クラスの発明者の内、第1期に上位5%に遷移した割合を示している。生産性の低いクラスまで広い範囲からの遷移が見られ、発明者の相対的な生産性について顕著な撹乱が起こっていることが観察される。

図1:発明者の相対的生産性の時間的変化
図1:発明者の相対的生産性の時間的変化
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生産性が維持されにくい状況の中で、高い生産性を維持する上位発明者、あるいは、下位から生産性を伸ばし、大きく生産性順位を上げる発明者に特徴的な要因はどのようなものであろうか。

図2は、その可能性を直接的に示唆している。パネル(a)(b)は、被引用件数・新規性ベースの生産性クラスそれぞれにつき、まず、発明者の新規共同研究者数と技術知識ストック(過去に特許出願した技術分類の数)の相対値を求め、更に、第1・2期の各期に上位5%に遷移した発明者と、前期より生産性順位を下げた発明者の間で、その値の平均値の比を計算してプロットしている。特に、新規性について、生産性順位を上げた発明者の内で、生産性が低い個人ほど共同研究者の固有知識に依存し、逆に生産性が高い個人ほど、自身が蓄積した知識に依存して、研究開発を行っている事実がわかる。被引用件数ベースの生産性についても、第2期の生産性が最も低い20%程度を除けば、同様の傾向が見られる。

図2:知識創造の手段の選択
図2:知識創造の手段の選択
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論文では、研究者個人の固定効果及び協力関係の内生性を考慮した上でも、個々の研究者による積極的な共同研究者の入替えが、新しい共同研究者から新規性の高い固有知識を収集する可能性を高め、それらを自身の知識と結びつけることで、高い質・新規性を持つ発明が実現する因果関係の存在すること、また、研究者個人の能力の違いを制御した上でも、上述のように、技術知識ストックの違いによる研究開発活動における戦略の違いが存在することを実証している。特に、後者の結果は、実績の少ない研究者でも、積極的に新しい共同研究を立ち上げ、共同研究者から新しい知識を得ることで、自身の知識ストックを補完し、生産性を上げることができることを示唆している。

参考文献
  • Berliant, Marcus and Masahisa Fujita, "Knowledge creation as a square danc on the Hilbert cube," International Economic Review, November 2008, 49 (4), 1251–1295.