ノンテクニカルサマリー

都市間貿易

執筆者 森 知也 (ファカルティフェロー)/イェンス・ウォナ (ハインリッヒ・ハイネ大学、DICE)
研究プロジェクト 経済集積の空間パターンと要因分析のための実証枠組の構築
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

地域経済プログラム(第四期:2016〜2019年度)
「経済集積の空間パターンと要因分析のための実証枠組の構築」プロジェクト

本論では、国内の地域間貿易構造の定量評価において従来から一般的に用いられてきた重力モデルに対して経済集積理論の成果を明示的に反映することにより、地域間貿易構造の定量評価の精度を抜本的に改善し、産業・輸送インフラ政策の立案・事後評価に役立つ実証枠組を提案した。

まず、物流センサス個票から得られる小分類産業程度に非集計された212の産業・品目毎の市町村間貿易データを用いて、日本の地域経済が、多地域・多産業経済集積理論が示唆する階層的な都市システムとして明確に特徴づけられることを示した。図1は、2015年の都市間貿易から同定した、都市を基本的な地域単位とする地域経済圏の階層構造を表している。東京は、概ね全国の都市を直接の後背地として持つ日本全体の中心地であるが、その下の第2階層は、東京を中心とする東日本(青系色の地域)と、大阪を中心とする西日本(赤系色の地域)に分かれ、更にその下の第3階層では、東日本では高崎・札幌、西日本では、福岡・岡山など、さらに小規模な地域経済圏が同定される。特に、階層毎に空間的にコンパクトな地域経済圏が同定されることは特筆に値する。

図1:都市間貿易に基づく階層的地域経済圏(2015年)
図1:都市間貿易に基づく階層的地域経済圏(2015年)

経済集積理論において、都市間に見られるこのような階層的な貿易構造は、都市が、異なる規模の経済に従う多数の産業及び人口立地の空間的なコーディネーションの結果として形成されることにより実現し、我々が同定した図1の階層構造は、それが現実と合致していることを示している。つまり、小都市には、小規模の集積が空間的に密に形成される比較的ユビキタスな産業のみが立地し、大都市は、それらに加えて、大規模な集積が空間的に疎に形成される偏在型の産業を含み、大小都市間で階層的な産業構造が形成される。

地域間貿易の経済理論モデルの多くは重力モデルに帰着し、国際貿易と同様に地域間貿易においても、従来から一般的に用いられてきた。しかし、その多くは産業を集計した理論モデルに基づいた定式化に従い、地域経済特有の、産業固有の集積度と複数産業間の空間的なコーディネーションに依拠する上述のような階層構造を反映していない。本論では、そのような集計モデルでは、各経済圏の中心都市からその後背地への移出が2-5倍程度過大評価されることが示される。

図2は、図1に示す第2階層の都市群について、東京の後背地に含まれる青系色の都市とそれ以外の赤系色の都市について、その総支出額に占める東京からの移入のシェアを、東京から都市までの距離に対してプロットしている。輸送距離を制御した上でも、東京からの移出先が東京の後背地か否かで、貿易の依存の程度に明確な差があることが分かる。

更に、この上方バイアスの要因を、産業・品目ペア数、平均出荷件数、平均価格、平均出荷量成分に分解すると、その40-65%程度が産業・品目ペア数によるものであることを示している。このバイアスの要因が、都市間の立地産業数の違いにあることを明確に示唆している。

図2:各都市の支出額に占める東京からの移入額シェア
図2:各都市の支出額に占める東京からの移入額シェア

本論では、多産業・多地域経済集積モデルに依拠し、一般的な安定均衡における階層構造の発現について、既存の理論研究の成果に基づいた重力モデルを定式化することで、都市間貿易のより精密に定量的に特徴づけるための実証枠組を提案している。これを用い、都市群の階層構造を貿易データから同定し、その構造に整合的な重力モデルを構築して都市間貿易を定量評価することにより、国レベルの産業・インフラ政策の各産業・地域への波及効果について、より精度の高い定量評価が可能となる。例えば、この枠組を使って貿易額の輸送費に対する感度を産業別に推定し、高速交通網の整備に伴う実輸送費の変化が、各産業についての都市間の貿易額に及ぼす影響を定量的に評価することができる。また、輸送費を介した都市間貿易構造のどの程度が自然条件等外生的な要因により、どの程度が輸送インフラ整備等人為的な要因によるものか、定量的に評価することが可能になる。