ノンテクニカルサマリー

特許の保護範囲の拡大が企業成長に与える影響:日本のソフトウェア特許の認可を用いた因果関係の識別

執筆者 山内 勇 (リサーチアソシエイト)/大西 宏一郎 (早稲田大学)
研究プロジェクト 技術知識の流動性とイノベーション・パフォーマンス
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

イノベーションプログラム(第四期:2016〜2019年度)
「技術知識の流動性とイノベーション・パフォーマンス」プロジェクト

1.背景

ソフトウェア特許は米国を中心として、1990年代にその保護範囲を大きく拡大してきた。近年では、IoTやAIなどの技術が進展・普及してきており、わが国でも、それらを実現するためのソフトウェア技術をどう保護していくべきかについて検討する意義は大きい。しかしながら、ソフトウェア特許のイノベーション促進効果を分析した先行研究のほとんどは、米国企業が対象である。また、先行研究では、同じソフトウェア分野を対象にしながらも分析結果が異なっており、特許の結果がプラスに働くのかマイナスに働くのかが明確ではない。先行研究の分析結果が異なる1つの要因としては、特許の保護が及ぼす純粋な影響を抽出することが難しいという、分析手法上の問題(内生性と呼ばれる問題)が考えられる。例えば、販売状況が良く財務パフォーマンスの良い企業ほど特許出願をしやすく同時に成長率も高いという関係や、価値の高い発明を保有する企業ほど特許を出願しやすく同時にパフォーマンスも高いといった関係があるため、仮に因果関係がなくても、特許出願企業の成長率は高いという関係が生じる可能性がある。

2.分析手法と仮説

本研究では、上述のような問題を解決する分析手法(制度変更という外生的なショックを利用しつつ、それに操作変数法と呼ばれる分析手法を組み合せたもの)を利用して、因果関係の識別を試みた。わが国では、1997年にソフトウェア関係の特許に関する運用指針が改定され、記録媒体に記録されたプログラムが特許化可能となった。それまでは、ハードウェアと一体となっていなければ保護できなかったソフトウェアが、ハードウェア資源を利用していれば独立に保護できることとなった。これにより、ハードウェアを製造しているような大手のソフトウェア企業でない、中小のパッケージソフト開発企業にも、特許出願という選択肢が与えられることとなった。

他方で、制度変更により出願機会が得られても、特許出願のための人材や資金、知識や経験等のリソースが限られている小規模な企業にとっては、依然として特許出願のハードルは高いと考えられる。特許出願をサポートしてくれる弁理士が近くにいる場合や、他の分野ですでに特許を出願した経験を有する場合には、ソフトウェア事業の業績には直接的な影響はないものの、制度変更後は、特に中小パッケージソフトウェア企業で特許出願性向が高まると考えられる。そうした中小パッケージソフト企業の特許出願が、その後のパフォーマンスを改善するかどうかを調べることで、特許の保護範囲の拡大が及ぼす純粋な影響を抽出した。

本研究では、1997年の運用指針の改定を外生的なショックとみなし、また、特許出願性向には影響を及ぼすもののソフトウェアの販売業績には影響を与えない操作変数として、同一都道府県内の弁理士の数やソフトウェア分野以外での出願経験を用いた。

なお、利用したデータソースは、経済産業省の「情報処理サービス企業等台帳総覧」である。これは、情報処理サービス企業等の中で自主的に申告した企業が掲載される台帳であるが、毎年1600社程度の企業が掲載されている。このデータソースには、企業ごとに、受注ソフトウェアの売上割合、パッケージソフトウェアの売上割合など業務別の売上割合といった詳細な情報が含まれている。ここでは、電子媒体でデータが提供されている1996年から2003年の8年間を分析対象としている。

3.分析結果と政策的インプリケーション

本研究の主要な分析結果を表1、2に整理した。まず、表1は、どのような場合に、制度変更が特許出願の確率を高めるかを示したものである。企業の規模を大企業(従業員300人以上)、中小企業(従業員300人未満)、小企業(従業員100人未満)に分けたうえで、パッケージソフトを販売している場合、弁理士へのアクセスが容易な場合(同一都道府県にいる弁理士の数で測定)、過去に他分野で特許出願経験がある場合について、制度変更により何パーセント特許出願確率が上昇したかを推定している。検定の結果、統計的に意味があるとみなせる場合のみについて数値を表示している。

特に保護範囲の拡大の影響が反映されやすいパッケージソフト販売の有無に着目すると、制度変更により、パッケージソフトを販売している場合にはそうでない場合に比べて、大企業では14.3%、中小企業では1.2%、小企業では0.5%ほど特許出願確率が上昇することが分かる。すなわち、制度変更は、大企業の特許出願を大きく増やしたが、それと同時に、小企業の特許出願も統計的に有意に増やしている。

表1で特徴的なのは、弁理士へのアクセスの容易さが中小企業でのみ意味を持つ点である。すなわち、制度変更後は、所在地に弁理士が1人増えることで、中小企業や小企業では出願確率が0.4%上昇する。弁理士が近くに多くいることで、アクセスコストの低下や競争による料金低下で直接的なコストが下がるだけでなく、権利化に際してのさまざまな支援が受けられるため、間接的なコストも下がると考えられる。リソースや知識が相対的に少ない中小企業にとっては、特許出願のコストを下げる支援や環境整備が非常に重要であることを示唆している。

表1:制度変更によるプログラム特許出願確率の上昇(単位:%)
表1:制度変更によるプログラム特許出願確率の上昇(単位:%)

表2は、制度変更によりプログラム特許の出願を始めたことで、その後の売上高、雇用、R&D活動(SEとプログラマの数)がどの程度成長したかを推定したものである。この表によれば、特許出願の開始がパフォーマンスを高める効果を持つのは、中小企業及び小企業のみであることが分かる。すなわち、大企業は制度変更により特許出願自体は増やすが、それがパフォーマンスの向上には結びついていないことを意味する。これは、すでに大規模な特許ポートフォリオを保有し、プログラム特許の認可前から、ハードウェアと一体で、または周辺技術で当該発明を保護していた大企業については、出願する分野や件数が増えても、パフォーマンスへの効果はほとんどないことを表しているのかもしれない。あるいは、特許の藪を深刻化する負の影響により、正の効果が相殺されている可能性も考えられる。他方で、表2の結果は、制度改正前には、発明を保護する術を持っていなかった多くの中小企業にとって、専有可能性や交渉力の向上をもたらす特許出願は、パフォーマンスの向上に非常に効果的であることを示している。

以上の分析結果から、重要な政策的示唆が得られる。まず、ソフトウェア産業でもプロパテント(特許権をはじめとする知的財産権全般の保護強化:特許重視)は、限られたリソース・保護手段しか持たない中小企業の成長にとって有効な政策である。そのためには、特に、特許出願にかかる直接・間接的なコストを下げる必要があり、従って、中小企業への出願支援・環境整備が重要であるといえる。

表2:プログラム特許の出願によるパフォーマンスの向上(単位:%)
表2:プログラム特許の出願によるパフォーマンスの向上(単位:%)
注:R&D活動はSEとプログラマの成長率で測定