ノンテクニカルサマリー

金融政策の資源再配分効果

執筆者 及川 浩希 (早稲田大学)/上田 晃三 (早稲田大学)
研究プロジェクト 企業成長と産業成長に関するミクロ実証分析
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

産業・企業生産性向上プログラム(第四期:2016〜2019年度)
「企業成長と産業成長に関するミクロ実証分析」プロジェクト

いずれの国の生産主体にも、さまざまな差異がある。質の高い企業と低い企業が共存し、必ずしも市場において淘汰が進むとは限らない。もし質の低い企業から高い企業へのスムーズな資源再配分を促すことができれば、市場全体の効率性を高めることが可能なはずだ。とりわけ日本においては、バブル崩壊後、淘汰されてしかるべき質の低い企業が追い貸しによって市場に残る、いわゆるゾンビ企業問題が長期的停滞の一因として挙げられており、政策的にも重要な論点になっている。ただ、これまでの先行研究では、議論はもっぱら実物経済に寄っており、名目面を通じた影響は分析されてこなかった。本稿では、金融政策等で引き起こされる名目的変化が、資源再配分のチャネルを通じて、実体経済にいかなる影響を及ぼすかを分析し、社会的に望ましい金融政策の在り方を示した。

日本の製造業において企業レベルのデータを観察してみると、企業間の規模の差は、企業物価の投入指数に基づくインフレ率が高い時に、広がることが分かった。また、高インフレの下では企業成長は抑制される傾向にあるが、その影響は企業規模が大きいほど小さいことも観察された。これらの結果は、実需や借入制約等、さまざまな他の要因をコントロールしても維持される。以上の実証結果は、貨幣的なショックが企業間の淘汰や資源再配分に影響することを示唆しており、金融政策を評価するに当たって無視できない要素であることが分かる。

企業間の資源再配分を考慮に入れた形で、望ましい金融政策を導出するための理論的な枠組みは、異質的企業を伴う内生成長のモデルに、ニュー・ケインジアン型の価格硬直性を導入することによって構築した。モデルにおいては、企業は研究開発投資を通じて他企業と市場を奪い合い、成長企業と衰退企業が出てくる構造になっている。この時、研究開発の成果が生み出す利潤は、インフレ率・名目成長率と価格の硬直性の程度に依存する。というのも、価格が硬直的なせいで貨幣的な環境変化への臨機応変な対応ができなければ、利潤獲得の効率は悪くなり、イノベーションを起こそうとするインセンティブ自体を弱めてしまうからである。資源再配分を考える際に大事なのは、そのインセンティブ低下の程度が企業のタイプに依存するところだ。研究開発能力が高く、従来製品と比べて格段の質的向上を生み出せるのならば、それに付随する将来的な利潤も相応に大きいため、価格硬直性からくるロス程度のものを深刻に受け止める必要はない。一方で、新規性に乏しい研究開発成果しか挙げられないような企業は、ちょっとした価格硬直性によるロスでも研究開発投資を躊躇するだろう。その結果、インフレ下で価格硬直性由来のロスが膨らむ時、能力の高い企業が行う研究開発投資の比重が増し、市場におけるシェアを広げるという資源再配分効果が生み出されることになる。

政策的含意として興味深いのは、価格硬直性の下では誰もが同じインフレに直面していても、質の低い企業から高い企業への資源再配分が見込まれる点である。マクロ的で選択性のない金融政策が、選択的な政策効果を持ち、しかもそれが社会的に望ましい形で機能する。このメカニズムが、正の名目成長が社会的に最適になる可能性をもたらし、ゼロ名目成長を最適とする標準的なニュー・ケインジアン・モデルと一線を画す結果となっている。

定量的にどの程度の効果が見込まれるのかについては、理論モデルをデンマークと日本の経済に合わせてパラメーター調整したモデルをシミュレーションすることで明らかにした。図は、日本経済をベースにした結果で、名目成長率(n、横軸)が増した時の実質成長率(g、左軸)と経済厚生(U、右軸)をシミュレーションしたものである。これによると、名目成長率が上がるにつれて実質成長は上がり、その後、ごくゆっくりと低下を始める。一方、経済厚生は最初の上昇局面は似通っているが、その後の低下は比較的早く、1-2%の名目成長が最適という結果になる。従って、1-2%の名目成長トレンドを目標に設定して金融政策を運営するのが社会的に望ましい(本稿のモデルにおける名目成長率は、品質調整を施していない場合のインフレ率に等しい)。

プラスの名目成長が望ましいのは、上述の資源再配分効果が働いているためである。それが一方的に有効であり続けないのにはいくつかの理由があるが、価格硬直性のもたらす非効率性の拡大や、研究開発能力の高い企業が一方で独占力を強めて価格の高騰が生じることなどが主要因である。

図:日本における名目成長率上昇の影響
図:日本における名目成長率上昇の影響