ノンテクニカルサマリー

日本における連鎖倒産の実証分析

このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

産業フロンティアプログラム(第四期:2016〜2019年度)
「マクロ・プルーデンシャル・ポリシー確立のための経済ネットワークの解析と大規模シミュレーション」プロジェクト

現代の経済では、企業は一社が独立して存在しているのではなく、取引関係を通じて互いに関係している。したがって、ある一社の倒産はその企業自体の倒産にとどまらず、取引先の倒産を連鎖的に引き起こすことによって経済全体にとっても甚大な影響を与えるかもしれない。このような連鎖倒産の防止の重要性は政策的にも認識されており、政府系中小企業金融機関による緊急経営安定対応貸付制度や、中小企業総合事業団の中小企業倒産防止共済制度、信用保証協会のセーフティネット保証が存在する。では実際のところ、この連鎖倒産のリスクとは一体どの程度なのか。上記のような政策の是や費用対効果を検証するためには、実際の連鎖倒産のリスクを定量的に評価しなければならない。

本研究ではこの点について、東京商工リサーチ(TSR)の企業間取引ネットワークのデータと倒産情報(2013-2017)を用いて分析を行った。TSRの取引ネットワークデータは、日本の100万社を超える企業の販売先・仕入先企業の情報が収録されており、これと日ごとの倒産情報を組み合わせることにより、倒産のネットワーク上での伝播を実際に観察することが可能となる。図はサンプル期間中に観察された、最大の連鎖倒産の例である(図内の数字はサンプル期間開始時から倒産日までの平日日数を表す)。本研究では、これら大規模データの分析をスパコン「京」を使うことで計算時間の短縮を図り、取引先(特に販売先)倒産による倒産確率の上昇を統計的に推計した。

図

分析の結果、販売先の倒産は仕入先の倒産確率に有意に上昇させていることが分かった。例えば50%の販売先が倒産した場合、仕入先企業の倒産確率を約2倍上昇させ、この結果は取引先倒産が企業のその後の企業活動に重大な影響を与えることを示している。次にこの推定値を用いて、連鎖倒産がどの程度の規模で発生するか、またマクロレベルでどれ程のインパクトを持つかを、モデルをシミュレーションすることで評価した。その結果、上記に述べたように、個々の企業レベルでの連鎖倒産のリスク、つまり統計的に有意な倒産確率の上昇があるにもかかわらず、シミュレーションでは多くの企業を巻き込むような大規模な連鎖倒産はほとんど発生しえず、局所的な連鎖倒産にとどまることが分かった。

この一見すると矛盾するような結果は、ネットワークの構造によって説明される。一般に、ネットワークの構造は連鎖倒産のようなネットワーク上の伝播に対して、2つの相反する効果をもたらす。1つは企業同士がつながることによって、倒産の負のショックが伝わる「パス」を作り、連鎖倒産のリスクを上昇させる効果である。もう1つは、特にネットワークが密になると、企業の取引先の企業数は増大するため、その内のわずか1社の倒産は多数ある取引先のごく一部に過ぎず(リスク分散)、連鎖倒産のリスクを減少させるという効果である。本研究の分析では、この後者のリスク分散の効果が前者よりも強く働いているため、ネットワークそれ自体が大規模な連鎖倒産を阻止する役割を果たしていると考えられる。

企業の倒産・退出は一概に悪とは言えず、むしろ非効率な企業の「延命」は経済成長の足かせにもなりかねない。また、これまで行われてきた緊急措置のように、政策判断によって支援を行う・行わないを変更するというのは公平性を欠くという問題もある。しかしその一方で、これらの措置は、マクロもしくは地域経済に深刻な影響を与えるというリスクを考慮して正当化されてきた側面がある。本研究は、実際の大規模データの分析から、ネットワーク構造それ自体に起因する大規模な連鎖倒産のリスクはそもそもほとんどないのではないか、ということを示唆するものである。