執筆者 | 大西 宏一郎 (大阪工業大学)/長岡 貞男 (ファカルティフェロー) |
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研究プロジェクト | 産業のイノベーション能力とその制度インフラの研究 |
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。
イノベーションプログラム(第四期:2016〜2019年度)
「産業のイノベーション能力とその制度インフラの研究」プロジェクト
近年、大学院への進学者数が減少する傾向にある。このような教育年数の全般的な低下傾向が社会にどのような影響をもたらしうるのかを明らかにすることは、長期的な国の趨勢を考えるうえで、重要な課題といえる。本研究では、大学生の博士課程を含む大学院への進学の有無が、彼/彼女らの就職後の発明活動に与える影響を分析した。分析では、国内特許発明者からランダムに抽出された発明者に対してアンケート調査を行ったRIETI発明者サーベイの個票データを用いた。そして、同姓同名の問題を避けるために、電話帳データベースから識別した同姓同名が少ない発明者約2000人について1992年から2007年までの特許出願データを収集し、彼らが発明した特許と学歴の関係を分析した。特許データから、パフォーマンスの指標としての特許出願件数や被特許引用件数を分析するだけでなく、科学論文の引用の程度、特許明細書中の引用特許の多様性、社外特許の引用の程度を見ることで、発明時の知識源についても学歴による差異が見られるかどうかを調査した。学歴とそれら指標の単純集計は図1のようになる。なお、分析では論文博士号取得者は除いている。
N | 平均発明期間 | 被引用件数 | 特許出願件数 | 被引用特許の分野多様性 | 非特許文献引用比率 | 引用特許の分野多様性 | 社外特許引用比率 | |
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学士卒 | 1,093 | 13.70 (2.38) |
51.18 (69.66) |
34.64 (44.09) |
0.04 (0.05) |
0.07 (0.13) |
0.03 (0.05) |
0.79 (1.01) |
修士卒 | 1,016 | 13.49 (2.44) |
75.84 (117.05) |
42.67 (47.31) |
0.06 (0.05) |
0.19 (0.23) |
0.06 (0.08) |
1.55 (2.43) |
課程博士 | 199 | 12.74 (2.85) |
82.02 (92.11) |
47.49 (47.51) |
0.08 (0.06) |
0.42 (0.30) |
0.08 (0.08) |
1.52 (1.93) |
括弧内は標準偏差 |
図1では、学歴が上昇するにつれて、社外引用特許比率以外のすべての指標で数値が上がることがわかる。つまり、学歴が高いほうが特許件数などのパフォーマンスが高いだけでなく、科学論文等の多様な経路から知識を得ていることを示しているといえる。問題は、この結果がどの程度因果関係を反映しているかである。本研究では、それを明らかにするために、操作変数法を利用した。操作変数には、大学院進学とは相関はあるが、将来の発明活動には、学歴を通じて以外影響を与えない変数を選定する必要がある。そのような変数候補として、本研究では、彼らが進学するか、就職するか意思決定する時点での景気状況を考えた。景気が悪化すると一般に企業からの新卒求人数が低下する。したがって、不景気での就職活動を避けるために、一部の学生が大学院進学を選択するため、その世代の大学院進学率の上昇が想定される。他方で、卒業時点の経済状況は将来の発明活動とは直接関係がない。したがって、操作変数の要件は満たしているといえる。不景気と大学院進学率の正の関係性は、Bedard and Herman (2006)や Johnson (2013)などが米国について、Kondo (2007)は高卒での大学進学率との関係で、実証されている。
本研究では、具体的な操作変数として、多くの大学生にとって、大学卒業前年となる21歳時点での専攻分野別の無業者率(無業者数/大学卒業者数)を用いた(注1)。専攻別の無業者数、卒業者数は文部科学省『学校基本調査』各年の数値を利用した。このような数値は、学生が所属する専攻分野の先輩の就職状況を表すこととなる。したがって、先輩の就職率が低いほど、大学院進学率が上昇することが想定される。なお、推計では、学歴については、学士以上を基準とした正規の教育年数、および修士以上の学歴かどうかというゼロかイチかのダミー変数を作成した。
推計結果では、まず専攻分野別無業者率は有意に大学院進学率を上昇させるという結果を得た。つまり、一般的に不景気な時期ほど大学院への進学率が上昇することを示している。そのうえで、大学院の進学とその後の特許パフォーマンスとの関係を見た場合、大学院進学は有意に出願件数や被引用件数でみた特許パフォーマンスだけでなく、科学論文や他分野の特許を引用するなどの幅広い知識利用に正の影響を与えていることを示す結果を得た。さらに、操作変数法による推計では、学歴の係数がOLS推計時と比較してわずかに大きいという結果を得た。この結果は、不景気時やむなく進学を選択した学生の方が、わずかながら大学院教育による生産性上昇効果が大きいことを示している。
以上の結果は、タイムトレンドを入れた推計や、操作変数を都道府県別の若年者求人倍率に置き換えても変わらないことから頑健性の強い結果といえる。つまり、大学院進学は将来の発明者の発明能力を高めるのである。
本研究の結果は、政策によって大学院進学率を高めることは将来のイノベーションのパフォーマンスを高めるうえで重要であることを示している。他方で、学士卒のパフォーマンスが大学院卒として比較して低いことを踏まえると、発明活動という点では、学士卒を採用して企業内で訓練するよりも、大学院出身者を採用するほうが効率的に彼らの生産性を高める可能性を示している。
今回の結果からは、興味深いことに、不景気が大学院進学率を高めることから、不景気自身が将来の国のイノベーション能力の向上に寄与していることを示しているといえる。最後に、最初の問題意識に戻ると、近年の大学院進学率の低下は、将来のイノベーション活動にマイナスに作用する可能性が高いといえよう。
- 脚注
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- ^ ここでの無業者数は、『学校基本調査』での卒業後、進学でも就職でもないことが明らかな者を指す。