ノンテクニカルサマリー

医療・介護産業におけるサービスの質と経営マネジメント指標に関するサーベイ

執筆者 乾 友彦 (ファカルティフェロー)/伊藤 由希子 (津田塾大学)/宮川 努 (ファカルティフェロー)/佐藤 黄菜 (東京工業大学)
研究プロジェクト 無形資産投資と生産性 -公的部門を含む各種投資との連関性及び投資配分の検討-
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

産業・企業生産性向上プログラム (第四期:2016〜2019年度)
「無形資産投資と生産性 -公的部門を含む各種投資との連関性及び投資配分の検討-」プロジェクト

問題意識

医療・介護産業は、その活動が公的な財源や法制度に規定される「非市場型」サービスの代表例である。「非市場型」サービスでは、各国の法制度に従い、公共セクター、非営利法人、営利法人など多様な経営形態がとられている。非営利法人においては、税制上の優遇や補助金の機会がある反面、利益配分・報酬体系などは営利法人に比べ、制約されていることが多い。従って、それぞれの事業主の目的をふまえて、経営マネジメント力を指標化し、比較する取り組みが財政支出の健全化に取り組む上でのエビデンスとして重要だ。

医療・介護サービスにおける経営マネジメント指標とは何か

ここでの「経営マネジメント力」とは、生産管理・企業理念・人事管理等非財務的な情報である。たとえば、「サービスのフローを見直し、改善する頻度」「事業の短期目標(target)・中期目標(objective)・長期目標(goal)の従業員との共有」「従業員の業務成果に応じた報酬・昇進の制度」などについて、事業所の姿勢をスコア化したものである。スタンフォード大学のBloom教授を中心とした研究グループは、世界各国の企業に対し、共通のフレームワークを用いて企業経営に関するインタビュー調査を行い各企業の経営マネジメントスコアを求め、このスコアと企業の生産性の関係を分析し、正に有意な実証結果を得ている。また、国別に指標を比較し、経済成長率との関係も裏付けられている。

ただし、Bloom教授らのフレームワークは当初製造業を念頭においたものであった。その点、医療・介護サービスは、個人に無形のサービスを提供する点で情報の非対称性がある。また、非市場型の制約下での経営インセンティブは多様で複雑であると考えられることから、経営マネジメントの指標化の取り組みは遅れていた。

しかし、近年Bloom et al. (2014) は、医療サービスに関し、ブラジル、カナダ、フランス、ドイツ、インド、イタリア、スウェーデン、イギリス、アメリカにおける約2000の病院を対象に、経営マネジメントスコアを調査した。また、このスコアが高い病院においてはサービスの質が高い(心臓病手術による死亡率が低い)関係があることを見出している。さらに、Delfgaauw et al. (2011) は、介護サービスに関し、イギリスの介護施設と保育施設(各100施設程度)を対象に調査を行っている。いずれも治療成果(院内感染症発生率の低さ)やケアの質(ケアプランの改善頻度の多さ)など利用者へのサービス内容を、生産管理のマネジメント(リーンマネジメント・パフォーマンスマネジメント)とみなし、スコア化している。なお、両論文の考察を合わせると、イギリスにおいては、保育施設、介護施設の経営マネジメントスコアは製造業よりやや高く、病院よりかなり高く、またその分布も製造業、医療サービス(病院)に比して小さいことが産業比較として示される。

サービスの質と経営マネジメントに関する先行研究

Bloom教授らが「経営マネジメントスコア」として指標化した治療成果(医療)やケアの質(介護)は、それ以前の先行研究では、「サービスの質を調整する指標」として扱ってきたものである。製造業であれば、消費者は経営マネジメント(例:工場の生産管理)を直接消費しないが、サービス業の場合、消費者は経営マネジメント(例:個人ごとのケアプラン)を直接消費する。したがって、サービスの質と経営マネジメントは一体不可分の部分がある。この点から、先行研究の結果を考察するにあたっては、何を「被説明変数(生産性や効率性の指標)」とするか、何を「説明変数(サービスの生産要素・質を考慮する変数)」としているかを確認する必要がある。また、変数の選択は対象とする国の制度によって違いがあり、それが結果を左右することにも留意が必要だ。

表1に、介護サービスについて、経営マネジメントやサービスの質、そして、サービスのアウトプットや効率性についての先行研究のリストを示した。「分析手法」として、DEA (Data Envelope Analysis) やSFA (Stochastic Frontier Analysis) は生産性の「相対的」な指標を示し、財務的な情報のみでは生産性の分析の難しい医療・介護サービスの分野で広く用いられてきた(0〜1の値をとり、1が最も効率的である)。「質を考慮する変数」に注目すると、サービスの提供に際し、国の基準を満たしている項目(の多さ)や、違反している項目(の少なさ)を用いている研究がある(アメリカ・スイス)。一方、患者の家族会の存在や、苦情に対応する第三者組織の有無などガバナンスの有無に着目する研究もある(オランダ)。また、サービスの費用やサービスの(平均時間からの)乖離に着目する研究もある(イタリア)。

政策的含意

日本ではサービスの質や経営マネジメントに「差がない」ことを前提に、「同一のサービスに対する、同一の診療報酬・介護報酬(公的保険給付)」を定め、保険給付の有無で質のコントロールを図っている。しかし、実際には、保険給付対象のサービスの中でも、サービスの質や経営マネジメントは多様であり、結果として生産性にも大きな差が生じている。生産性を高める経営マネジメントに「差がある」ことを前提とし、それを明らかにするための共通指標によるスコア化は、非市場型サービスにこそむしろもとめられるといえよう。

表1:介護サービスにおけるサービスの質と生産性に関する先行研究一覧
表1:介護サービスにおけるサービスの質と生産性に関する先行研究一覧
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文献
  • Bloom, N., Lemos, R., Sadun, R., Scur, D., and Van Reenen, J. (2014). "JEEA-FBBVA Lecture 2013: The New Empirical Economics of Management." Journal of the European Economic Association, 12(4), 835–876.
  • Delfgaauw, J., Dur, R., Proper, C. and Smith, S. (2011). "Management Practices: Are Not for Profits Different?" CMPO Working Paper No. 11/263.