ノンテクニカルサマリー

スポット価格予測に基づくJEPX先渡価格付けモデルの構築

執筆者 山田 雄二 (筑波大学)
研究プロジェクト 商品市場の経済・ファイナンス分析
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

産業フロンティアプログラム (第四期:2016〜2019年度)
「商品市場の経済・ファイナンス分析」プロジェクト

電力システム改革に基づく小売電力完全自由化を背景に、日本卸電力取引所(JEPX)における卸電力の取引所取引が、現在、注目を浴びている。特にスポット電力市場は、2016年度実績で約定量が総需要の3%程度に達し、2005年の開設以来、継続的な取引が行われている。一方、JEPXにおける先渡契約(将来の特定期間(1年間・1カ月間・1週間)に電気の受け渡しを約する契約)は、2009年4月より上場取引されているものの、取引実績は年に数件程度に留まっている。その主な理由としては、以下の2点が挙げられる。

  1. 電力は貯蓄することが困難で、通常の金融資産に対する派生証券のように、原資産であるスポット電力を用いた先渡価格のヘッジができない、すなわち市場が非完備であること。
  2. 売り手側、買い手側ともに、先渡ペイオフの損失リスクに対するリスクプレミアムを要求するため、リスクプレミアムの分、売り入札価格は上昇、あるいは買い入札価格はディスカウントされることで、より取引が成立しにくくなること。

上記項目1と2は、市場が非完備であるために先渡取引における損失リスクにリスクプレミアムが要求され、それが売り手側、買い手側の入札価格のギャップにつながり、取引が成立しないというように関連している。結果として流動性が担保されず、市場がさらに非完備になるという負のスパイラルが存在する。このような場合において、仮に、流動性という意味では連続的なデータが得られるスポット価格を用いて(理論的に適正価格と考えられる)先渡価格を推定することができれば、この価格を目安に入札を行うことが可能となり、先渡取引はより成立しやすくなるであろう。また、すでに取引された先渡価格とモデルから推定される先渡価格を比較することで、市場が許容するリスクプレミアムの分析も可能になることが期待される。

以上を念頭に、本研究では、スポット価格からJEPX先渡価格を導出するための理論的枠組みの提案、さらに実データによる有効性の検証を目的として分析を行っている。具体的には、JEPXスポット価格の対数系列をトレンドと残差に分解し、金融工学分野におけるデリバティブ価格付け手法の1つである測度変換を適用することで、以下の手順で先渡価格を導出している。(1)まず、JEPXスポット価格系列を確定的なカレンダーパラメータのトレンド関数とそれ以外の残差項を用いて表現し、残差項を状態空間モデル(観測される変数の挙動を状態方程式と呼ぶ内部変数の方程式と観測出力を定義する観測方程式で表現するモデル)として記述する。(2)つぎに、残差に対して時系列モデルを当てはめ、残差の条件付期待値から将来価格を予測するスポット価格予測モデルを構築する。(3)さらに、スポット価格予測モデルに対して、測度変換手法の1つであるエッシャー変換(エッシャーパラメータと呼ばれる資産価格変動要因に関するリスク回避係数を用いて、測度変換を定義する手法)を適用し、先渡価格を定式化する。

実証分析においては、季節性・曜日祝日・長期トレンドを一般化加法モデル(一般化線型モデルの非線型モデルへの自然な拡張として近年盛んに用いられるようになっているモデル)によって推定した上で、残差に対して時系列モデルを適用するというアプローチで、 提案手法を用いた際の将来価格予測とその精度、および先渡価格実績値のリスクプレミアムについて考察している。ただし、分析に使用したデータは、JEPXホームページよりダウンロードした、2012年4月1日から2016年12月31日までのJEPXシステムプライス日次平均と同期間に取引が成立した週間24時間型先渡価格である。週間24時間型先渡については、同期間内で2014年度に8件、2015年度に2件の取引が成立しており、これに、2016年12月31日時点で同ホームページに掲載されていた12月24日—12月30日受け渡しの先渡を加えて分析を行った。

図1:「原資産価格平均の実績値 − 予測値 」先渡ペイオフ(左図)。「先渡価格推定値 = 実績値」とする λ(右図)。番号は、凡例に示す週間先渡の受け渡し開始日。
図1:「原資産価格平均の実績値 − 予測値 」先渡ペイオフ(左図)。「先渡価格推定値 = 実績値」とする λ(右図)。
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図1左図は、提案モデル(ARは線形時系列モデルであるARモデル、RWはランダムウォークモデル)から推定される原資産価格平均予測値を実績値から引いた予測誤差と、先渡ペイオフの実績値を比較している。 また、図1右図は、先渡価格の推定値が実績値と等しくなるように最適化を行った際の最適なリスク回避係数の値を表示したものである。左図からは、先渡実績値に対しては、ペイオフが負の傾向があること、また右図からは、本分析期間で対象とする全ての先渡取引において、提案モデルのうちARモデルによって正のリスクプレミアムが観測されることが分かる。

本分析で用いたデータ期間における週間24時間型先渡契約の取引実績においては、先渡ペイオフの平均が有意に負であり、受け渡し期間における原資産価格を先渡価格が上回る傾向にある。同様の傾向は、リスクプレミアムの符号にも反映されており、提案モデル(AR予測)によって推定されるリスクプレミアムは全て正値として観測されている。このことは、少なくとも分析に用いたサンプルでは、売り手側のリスクプレミアムに買い手側が同意することで取引が成立した可能性が高いことを示唆する。言い換えれば、売り手側にとっては、先渡期間に固定価格で取引することのリスクが(買い手側が抱えると想定されるリスクと比べて)大きく、結果として相対的に高いリスクプレミアムを要求した上で入札が行われる傾向があることを意味する。

一方、取引件数は少ないが、仮に正のリスクプレミアムを要求されたとしても、買い手側にとって先渡取引を行う潜在的ニーズは少なからず存在するため、売り手側リスクプレミアムを少しでも低下させることができれば、先渡市場の活性化につながることが期待される。よって本分析結果の1つの提言として、今後、先渡取引を活性化する上では、エネルギーデリバティブなど、売り手側のリスクを低減化し、リスクプレミアムを低下させる仕組みを同時に整えることが重要と考えられる。