執筆者 | 石川 良文 (南山大学)/中村 良平 (ファカルティフェロー) |
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研究プロジェクト | 地域経済構造分析の進化と地方創生への適用 |
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。
地域経済プログラム (第四期:2016〜2019年度)
「地域経済構造分析の進化と地方創生への適用」プロジェクト
現在、地方創生のために全国の各地域でさまざまな地域振興策が進められている。これらの施策の検討にあたっては、産業連関分析により経済効果を推計し、その施策の有用性を検証することが多い。しかし、一般的に用いられている分析手法は、あくまで発生ベースの効果分析である。つまり、その地域でどれだけの生産活動が営まれるか、そしてその生産活動に応じた所得が発生するか、といった分析である。しかし、そこで生まれた所得額は、実際には域外から通勤する従業員によって域外に漏出し、その地域が便利な商業地である場合は域外で主に消費活動が行われる。そして実際には振興すべき市町村には思っていたほど所得はもたらされず、期待していた経済波及効果も小さいという場合がある。そのため、真に地域にどれだけの経済効果がもたらされるかを分析する帰着ベースの効果分析が必要である。そこで本研究では、勤務地、居住地、消費地の関係を明示した新たな分析モデルを提示し、その効果分析の一事例として静岡県富士市を対象とした分析を行った。
表1は、従来のモデルによる発生ベースの経済効果分析結果である。需要額は地方創生策として進められる工場立地による直接的な生産増を想定している。従来型の手法を用いた分析では、115億円の直接的な生産に対して160.5億円の生産誘発が富士市内で生じ、そのうち所得は24.7億円という結果になった。
表1では他地域の効果も示しているが、これは2地域間モデルで分析しているから推計できるのであって、従来型の手法では、富士市外の地域にどれだけの効果があったかは正確に分からない。そのため、工場立地による応分の経済効果はもたらされるはずという認識の下、施策が進められることになるだろう。しかし、実際にはこれだけの効果は富士市内にもたらされない。なぜなら、既述したように、富士市内で働いて所得を得た一部の労働者は、富士市外の居住地に所得を持って行き、そこで消費活動を行ったり、税を納めたりするからである。
富士市の場合は、従業者のうち21.2%は市外に居住している。その実態を踏まえたうえで、経済効果を推計した結果が表2である。表2に見られるように、帰着ベースの生産誘発額は6.3億円少なく、所得は7.1億円少ない。反対に、富士市以外の地域では生産や所得は発生ベースの額より大きく、それだけ漏出していることが分かる。つまり、住む魅力に欠けたり住宅供給が少ないと、せっかく工場を誘致しても経済効果は漏出してしまうのである。
直接的な生産増 | 構成比 | 生産誘発額 | 構成比 | 所得誘発額 | 構成比 | |
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富士市内 | 115.0 | 100.0% | 160.5 | 43.5% | 24.7 | 32.7% |
その他全国 | 0.0 | 0.0% | 208.2 | 56.5% | 50.8 | 67.3% |
全国 | 115.0 | 100.0% | 368.7 | 100.0% | 75.4 | 100.0% |
直接的な生産増 | 構成比 | 生産誘発額 | 構成比 | 所得誘発額 | 構成比 | |
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富士市内 | 115.0 | 100.0% | 154.1 | 41.8% | 17.6 | 23.3% |
その他全国 | 0.0 | 0.0% | 214.5 | 58.2% | 58.0 | 76.7% |
全国 | 115.0 | 100.0% | 368.6 | 100.0% | 75.6 | 100.0% |
直接的な生産増 | 構成比 | 生産誘発額 | 構成比 | 所得誘発額 | 構成比 | |
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富士市内 | 0.0 | 0.0% | -6.3 | -1.7% | -7.1 | -9.4% |
その他全国 | 0.0 | 0.0% | 6.3 | 1.7% | 7.3 | 9.4% |
全国 | 0.0 | 0.0% | -0.1 | 0.0% | 0.2 | 0.0% |
それでは、このように狙っていた地域に思ったほど経済効果がもたらされないという事態に対処するために地方自治体はどのような政策を新たに検討すればよいであろうか。その答えは、企業誘致だけを行うのではなく、その企業で勤務する従業員が居住できる場所を提供するような居住促進策と総合化された施策である。さらに、その居住者が買い物するのに便利な店舗の立地を促進する立地誘導策だったり、主要なスーパーに行くことができる道路や公共交通などの交通政策だったりするであろう。これは、市町村の立地適正化計画や地域公共交通網形成計画と関連する。つまり、地方創生のための直接的な施策だけでなく、コンパクトプラスネットワーク施策との融合である。
このように、発生ベースの効果分析から帰着ベースの効果分析を行うことにより、政策の統合、総合化が必要であることが見えてくるのである。