ノンテクニカルサマリー

中国からの輸入増加と日本企業のイノベーション

執筆者 山下 直輝 (ロイヤルメルボルン工科大学)/山内 勇 (リサーチアソシエイト)
研究プロジェクト 技術知識の流動性とイノベーション・パフォーマンス
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

イノベーションプログラム (第四期:2016〜2019年度)
「技術知識の流動性とイノベーション・パフォーマンス」プロジェクト

本稿では、国内市場における近年の急激な中国企業との競争の激化が、日本企業のイノベーション活動に与える影響について分析を行った。世界の輸出額に占める中国の輸出額のシェアは90年代を通じて上昇し、2005年には米国やドイツを抜き世界1位となっている。その輸出の伸びをけん引したのは、電機製品などの相対的にハイテクな製品であり、繊維や玩具など比較的ローテクな製品から輸出品目の構成が大きく変化しているのも特徴的である。このことは、日本国内のハイテク製品市場において、相対的に低い労働コストを活かした中国製品との競争が激しくなっていることを意味している。

こうした競争の激化は、日本企業の経営環境を悪化させ、イノベーション活動にはマイナスの影響を持つ可能性がある。他方で、市場主義的な観点からは、競争圧力はむしろイノベーションを促進する方向に作用するとも考えられる。実際、先行研究においても、業種や企業属性の違いなどの影響を取り除いた上で、イノベーティブな企業にとっては中国との競争が平均的に正の効果を持つという結果(Bloom et al., 2015)がある一方で、中国との競争が特許取得件数や研究開発費などで測った米国企業のイノベーション活動に悪影響があるという結果もあり(Autor et al., 2016)、明確な結論は出ていない。

そこで、本稿では、中国からの輸入増加に伴う競争激化の影響を明らかにすべく、日本の製造業企業に着目し、産業レベルでの中国からの輸入浸透度(国内の付加価値と純輸入の合計に対する中国からの輸入額の比率)が、特許出願件数や研究開発費で測った日本企業のイノベーション活動に与える効果を分析した。先行研究において結果が安定しない原因の1つとして、中国へのオフショアリングの意思決定とイノベーション活動に関する意思決定とが同時に行われる(同時性がある)ことが影響していることが考えられる。たとえば、事業業績の悪化によりイノベーティブな活動への投資が減少する中で、生産性向上のために企業が労働集約的な作業(たとえば組立作業)を中国に外注しその成果(組立製品)を輸入する場合、見かけ上はイノベーション活動と輸入量の間に負の関係が生じることになる。もちろん、オフショアリングを行うことで、余った資源をイノベーティブな活動に投入する場合には、両者の間には正の相関が生じることになる。こうした影響を取り除かない限り、中国との競争激化の効果を正しく評価することができないのである。

本稿の分析では、この同時性の問題に対して、2通りの処置を行っている。1つは、(1)輸出入を全く行っていない「純粋国内企業」と、輸出入を行っている「グローバル化企業」とを分けて輸入による効果を推定することである。輸出入を行わない純粋国内企業にとっては、自社の属する業界の輸入浸透度は自社の意思決定とは無関係に決まる外生変数であり、また、オフショアリングの影響も受けないため、競争激化の純粋な効果を識別することができると考えられる。もう1つは、(2)同時性の影響を取り除く統計的手法である操作変数法を用いることである。操作変数法には、日本における中国製品の輸入浸透度とは相関があり、イノベーション活動とは相関のない変数を用意する必要がある。本稿では、米国における中国製品の輸入浸透度を操作変数として用いている。米国でも日本でも中国からの輸入浸透度は似た動きをするが、米国での中国からの輸入増加は、日本企業の日本国内でのイノベーション活動には直接的な影響を及ぼさないと考えられる。

表1は、中国の輸入浸透度が日本企業のイノベーション活動に与える影響についての推定結果を整理したものである。ここでの分析対象は、1995年から2010年の期間について、企業活動基本調査に回答した製造業企業のべ12万6683社である(この期間の全特許出願件数の約80%をカバー)。前述の通り、イノベーション活動の指標としては特許出願件数と研究開発費を用いているが、特許出願については、その質も考慮すべく、被引用件数や、被引用件数が0の特許出願件数も用いて分析を行っている。なお、業種も含めて企業属性の違いや年の違いなどの影響もコントロールしているが、表では、輸入浸透度の係数と有意性のみを示している。

表1:輸入浸透度がイノベーション活動に与える影響(操作変数法による推定結果)
図1:輸送費感度と集積・分散の空間スケール
注:操作変数法を用いた推計結果である。輸入浸透度以外の変数についての係数の推定結果は省略している。有意水準はそれぞれ、***: 1%、**: 5%、*: 10%である。

この表によれば、(A)特許出願件数に対して、全サンプルを用いた場合、輸入浸透度は有意に正の効果を持っていることが分かる。ただし、純粋国内企業に限った場合には統計的な有意性は低く、グローバル化企業のみについて、有意に正の効果を持っていることが分かる。すなわち、オフショアリングなどによって生じた余剰資源により特許出願が増えていることが示唆される。ただし、(B)被引用件数については、全サンプルにおいて負で有意となっており、輸入増加が被引用件数で測った特許の質を低下させることを示している。また、(C)被引用件数が0の発明に対しては係数の符号が正で有意となっており、革新的な発明ではなく、むしろインパクトの小さい累積的発明の出願が増えていることを示唆している。さらに、(D)研究開発費については、輸入増加が負の効果を持っていることが分かる(特に、純粋国内企業に対して)。

すなわち、国内市場における中国企業との競争激化は、日本企業の特許出願を増やす(グローバル企業のみ)ものの、被引用件数で測ったイノベーションの質を低下させており、研究開発投資も減少させる効果があることが明らかとなった。特に、オフショアリングなどを行っていない純粋国内企業にとって、競争激化はイノベーションを促進する効果を持たないばかりか、研究開発活動に悪影響を及ぼしていることも確認された。

また、推計結果は、グローバル化企業が、国内市場における競争の激化に対応して、事業を護るための防衛的な特許出願を増やしていることを示唆している。こうした防衛特許の増加は、イノベーションの促進という特許制度の趣旨とは異なり、資源が非生産的な模倣対策に利用されたり、潜在的な競争企業の参入コストや既存企業の取引コストを高めたりすることで、社会厚生を悪化させる可能性がある。中国からの輸入が増える中で、イノベーションを促進するに当たっては、企業の研究開発支援や、オフショアリングを含め、より生産的な活動に資源が投入されるよう資源配分の効率化を促すことが重要と考えられる。

文献
  • Autor, David, David Dorn, Gordon H. Hanson, Gary Pisano, and Pian Shu (2016) "Foreign Competition and Domestic Innovation: Evidence from U.S. Patents" NBER Working Paper.
  • Bloom, Nicholas, Mirko Draca and John Van Reenen(2015) "Trade induced technical change? The impact of Chinese imports on innovation, IT and Productivity", Review of Economic Studies, 83(1), 87-117.