ノンテクニカルサマリー

国際経済統合下のベトナムの国有企業

執筆者 藤田 麻衣 (アジア経済研究所)
研究プロジェクト 現代国際通商・投資システムの総合的研究(第III期)
ダウンロード/関連リンク

このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

貿易投資プログラム (第四期:2016〜2019年度)
「現代国際通商・投資システムの総合的研究(第III期)」プロジェクト

ベトナムでは、ドイモイ開始後30年を経た現在もなお、国有企業の独占的地位や特権の維持、脆弱なガバナンス、効率の低さといった問題の残存が指摘され続けている。その一方で、ベトナムは積極的に国際経済統合を推進しており、2007年の世界貿易機関(WTO)加盟に続き、近年では国有企業に対する規律についての条項を含む環太平洋パートナーシップ(TPP)への参加や欧州連合(EU)との自由貿易協定(FTA)の合意にいたっている。

本稿の目的は、国際経済統合下のベトナムの国有企業改革の進展と帰結を考察することである。重要国有企業グループの1つと位置づけられながらも、WTO加盟にともなう補助金の撤廃などの国際公約、および国内の国有企業改革に対し広範な対応を余儀なくされたベトナム繊維縫製集団(Vinatex)をとりあげ、2000年代以降の変化を考察した(注1)。

考察から得られた知見は、次の2点に整理される。第1に、国際経済統合下の改革の帰結として、Vinatexの所有・組織および国家との関係には、次のような変化が生じた。

  • 所有・組織:従来、Vinatexは100%国有であったが、親会社であるVinatexは国家所有比率51%の株式会社へ、メンバー企業の多くもVinatexが一部出資する株式会社となった。国による行政介入も問題となっていたが、Vinatexの「親子会社」組織への改編により、国とVinatexの関係は行政関係から資本関係へと置き換えられた。
  • 経営者:従来、取締役は首相によって任命され、社長を含む複数の取締役は管轄省庁出身者で占められていた。株式化後、取締役は株主によって選出されるようになったものの、候補者指名権および投票権は株式保有比率に応じて規定され、依然として過半所有者である国が影響力を行使しうるしくみとなっている。
  • 国家との関係:ベトナムのWTO加盟後、国有企業を対象とした補助金は撤廃され、輸出クオータの撤廃によって国有企業がクオータ配分上の優遇を享受することもなくなった。従来、Vinatexが担っていた産業発展戦略の策定主体および重要な実施主体としての役割も、少なくとも政策文書には明記されなくなった。

以上のような政策・制度上の変化にもかかわらず、企業間の平等な競争環境の整備や国有企業の経営パフォーマンスの向上という観点からは、依然として次のような問題が残存している。

  • 有利な資金・土地アクセス:グループの中核事業である原料生産などへの投資において、元国有商業銀行からの低利融資の恩恵を受けるとともに、豊富な土地保有を活用した不動産事業を積極的に展開している。
  • 非商業的機能:Vinatexは依然として、政府から「国の経済・社会発展への貢献」という曖昧な任務を与えられ、また自らも「雇用創出および社会の安定」を重視した事業展開を行っている。
  • グループ内の相互補完(cross subsidization):グループの中核事業である原料(紡績・繊維)部門の赤字を、縫製品輸出で高い競争力を維持する関連会社からの配当収入によって補てんしている。

有利な資金・土地アクセスは、企業間の平等な競争環境の整備を阻害する一方、Vinatexの非商業的機能とグループ内の相互補完は、Vinatexの事業の効率化および経営パフォーマンスの向上を阻むことが懸念される。

第2に、繊維・縫製産業におけるVinatexのパフォーマンスについては、まず、Vinatexを含む国有企業全体のシェアは低下する一方、外資企業や国内民間企業がシェアを伸ばしてきた(図)。国有企業のシェア低下には、国有企業の株式会社化および国家資本の売却を通した国有企業の民間企業への転換も寄与しているとはいえ、外資企業のシェアの著しい上昇は、国内企業が全体として外資企業にシェアを奪われてきたことの証左である。

図:繊維・縫製生産の所有形態別構成
図:繊維・縫製生産の所有形態別構成
出所:General Statistics Office (various years) Statistical Yearbook. Ha Noi: Statistical Publishing House.

Vinatexのパフォーマンスについては、全体としてのシェア低下とメンバー企業間の格差が観察された。2000年時点でのベトナムの繊維・縫製品輸出に占めるVinatexのシェアは30%程度と推定されていたが、2016年には10%まで低下した(注2)。2015年8月のベトナムの繊維縫製品輸出額でみた上位50社のうち外資企業が34社を占め、Vinatexのメンバー企業は6社にすぎないことから、Vinatexのシェアの低下は外資企業の台頭によるところが大きいと考えられる。しかしながら、Vinatexメンバー企業のうち3社は、第1位、第5位、第9位にそれぞれランクインしており、外資企業との競争のなかでもVinatexメンバーの一部は良好なパフォーマンスを維持しているといえる。

以上の考察からは、VinatexはベトナムのWTO加盟などにともない明示的な補助金や優遇措置の多くを失い、より競争的な環境で経営する主体へと変化を遂げてきた一方で、国との関係や優遇は暗示的な形態で残存しているとみられ、それが平等な競争環境の整備や経営の効率化の足かせとなる可能性が指摘される。残存するこれらの問題の是正に、TPPやEUとのFTAは効果を発揮しうるのであろうか。まず、Vinatexが国有企業の定義に合致するかどうかが一つの焦点となろう。Vinatexが100%出資する一部の子会社を除くメンバー企業はすでに国家所有比率50%以下となっていることに加え、2017年8月、政府は2018年までにVinatexから国家資本を完全に撤退する計画を打ち出した。さらに、資金や土地へのアクセスにおける優遇についても、国家による所有・支配に基づく非商業的支援に該当するかどうかの判断は単純ではないと考えられる。

脚注
  1. ^ ベトナムの国有企業をめぐる議論が、独占・寡占的地位を享受してきた一握りの大規模国有企業グループに焦点を当てるなかで、国際経済統合によって大きな変化を余儀なくされる国有企業の実態についてはあまり分析されてこなかった。本稿のほか、これまで見過ごされてきたベトナム国有企業の実態に光を当てる試みとして、川端望「ベトナム国有鉄鋼企業の衰退とリストラクチャリング」, RIETI Discussion Paper Series 17-J-066, 2017年がある。
  2. ^ Nadvi, Khalid, John T. Thoburn, Bui Tat Thang, and Nguyen Thi Thanh Ha (2004) "Vietnam in the global garment and textile value chain: impacts on firms and workers," Journal of International Development, 16(1): 111–123; Tap doan det may Viet Nam (ベトナム繊維縫製集団) (2016) Nien giam thuong nien (アニュアルレポート), Ha Noi: Tap doan det may Viet Nam.