ノンテクニカルサマリー

卸売業、間接輸出、地理、範囲の経済:日本の企業データによる分析

執筆者 伊藤 匡 (学習院大学)/中村 良平 (ファカルティフェロー)/森田 学 (青森中央学院大学)
研究プロジェクト 地域経済構造分析の進化と地方創生への適用
ダウンロード/関連リンク

このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

地域経済プログラム (第四期:2016〜2019年度)
「地域経済構造分析の進化と地方創生への適用」プロジェクト

地方創生は日本政府の重要施策の1つであるが、人口減に伴い国内、とりわけ地方市場は縮小しており、地方の中小企業が国内市場に活路を見いだすのは難しい状況となっている。一方で、既存の研究でも明らかになっているように、近隣諸国は中小企業でも輸出を可能にし易い市場であるため、アジア経済の堅調な成長は中小企業が圧倒的多数を占める地方経済にとって、その活力を取り込む絶好の機会である。ただし、輸出を開始するにあたっては、輸出入実務知識やリスク管理能力が必要であり、中小企業が自社でかかる能力を確保するのは困難である。この点で、卸売業者(商社)の仲介者としての役割が期待される。本稿では、どのような卸売業者が仲介者として製造業の間接輸出を促進するのかについて分析を行った。より具体的には、(1)卸売業者はどの程度輸出を仲介しているのか、(2)地方の製造業者はどこに所在する卸売業者に卸しているのか、(3)製造業者と卸売業者の生産性と間接輸出の関係はどうなっているのか、(4)卸売業者までの距離と間接輸出の確率との関係は如何なるものか、(5)卸売業者には範囲の経済が働いているのか、という問いについて、企業活動基本調査や東京商工リサーチデータなど日本の企業データを利用して分析した。

全国の製造業者16万3249社の内、4.5%が直接輸出を行い、14.5%が卸売業者経由間接輸出を行っている(上記(1))。また、表1の通り、間接輸出を仲介している卸売業者は東京および大阪に集中している。特に岩手県や秋田県においては、間接輸出を行う製造業者の80%以上が東京に所在する卸売業者経由にて間接輸出を行っている。東京都や大阪府、愛知県といった大都市圏における製造業者は、同一都道府県内卸売業者経由にて間接輸出をしている割合が高いが、一方で福井県(26.47%)や長野県(16.55%)、長崎県(30.10%)なども高い。これらの県に特有の何らかの産業特性から起因するものと推測するが、本研究においてはその点につき分析するに至っていない。また、沖縄県が74.42%と突出しているが、これは後述の距離の閾値を大きく超えている、すなわち東京や大阪への距離が遠すぎることに起因すると思われる(上記(2))。推定による分析では、表2の通り、卸売業者側の生産性が間接輸出確率に与える影響は大きいが、製造業者側の生産性は正の有意性が見られない結果を得た(上記(3))。また、製造業者と卸売業者の距離が300〜500キロメートル(閾値)を超えると間接輸出の確率が統計的に有意でなくなることが確認された(上記(4))。卸売業者は多くの取引先の商品を扱うことにより輸出に伴う平均固定費用を抑えられるため、間接輸出に強みを発揮する(範囲の経済)ということが指摘されている。我々の推定結果は、範囲の経済の存在を明らかにした(上記(5))。

上記閾値および、青森や秋田など東京までの距離が約700キロメートルある地方における輸出が少ないことに鑑みるに地方中核都市における卸売業者の育成が、地方がアジアの活力を取り込むための1つの鍵となることを示唆している。また、範囲の経済が示唆することとして、地方における輸出卸売業者の共同体による輸出、もしくは、地方有力商社と自治体・商工会との連携によるプラットフォームの設置などの有効性が挙げられるであろう。さらには、製造業者側の生産性よりも寧ろ卸売業者側の生産性が重要であるとの結果より、卸売業者の生産性を向上させるような政策や、生産性の高い卸売業者と製造業者とのマッチングをサポートするような政策が有効であると思われる。

表1:都道府県別 間接輸出
表1:都道府県別 間接輸出
[ 図を拡大 ]
表2:間接輸出確率の決定要因
被説明変数:間接輸出の確率
説明変数 推定係数 t値
製造業者と卸売業者間の距離 -0.0549*** -104.41
製造業者の労働生産性 -0.0130*** -13.02
卸売業者の労働生産性 0.476*** 531.16
卸売業者の仕入れ先製造業者数(範囲の経済) 0.0854*** 117.40
備考:*: 10%有意、**:5%有意、***:1%有意。観測値数:5727246。
Pseudo R-squared:0.2246 (推定の説明力を示す指標。厳密ではないが、上記説明変数によって、全体の22.46%が説明されている。同数値自体は決して低くなく、説明力は比較的高いと考えてよい)