ノンテクニカルサマリー

産業革命と対外資産の国際的偏在

執筆者 Alexander MONGE-NARANJO (セントルイス連邦準備銀行 / ワシントン大学)/植田 健一 (ファカルティフェロー)
研究プロジェクト 国際金融と世界経済:中長期的な関連
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

マクロ経済と少子高齢化プログラム (第四期:2016〜2019年度)
「国際金融と世界経済:中長期的な関連」プロジェクト

長年にわたる一方的な対外資産の増加、それは恒常的な貿易黒字が裏にあり、2008年に始まる国際的な金融・経済危機の素地を作ったと指摘されることが多々ある。すなわち、米国や南欧などバブルを起こした国に貸しすぎていたという議論である。とりわけ、現在でも対外資産の偏在の改善が見られない中、欧米の政治家を中心に、元凶は日本、中国、ドイツなどの恒常的な貿易黒字国であるとの非難が、ますます高まっている状況である。

学者の中でも、特に東アジア諸国の国による対外資産、つまり外貨準備高は、通常の国際景気循環論では説明できないほど、貯め込んでいるとの指摘がある。また、中国の研究家からも、中国の国民の対外投資熱は、国内の金融市場などの投資環境が整っていないため、利益率が低くても米国など先進国に向かうとの、説明がなされている。つまり、学会でも昨今見られる対外資産の国際的偏在は、何か異常なものと認識されている。

本研究では、まず歴史的に、この状況が異常かをチェックした。結論から言えば、異常ではない。まず、歴史的には、中国が現在のように大きく対外資産を貯め込んでくるのは2000年の頃からであり、その前は日本が圧倒的に主役であった(図1参照)。それもまた、1980年代はドイツも日本と同様にプレゼンスが高かった。しかし1980年以前は、圧倒的にアメリカが対外資産を持っていた。それは少なくとも第二次大戦直後から続くものである。もっともそれは第二次大戦の影響であり、純粋に経済事象ではないのではないかとの疑問もある。したがって、戦前に遡って調べてみた。

戦前は、特に1930年以前は主要国が金本位制をとっていたため、金保有高に着目する(なお、対外資産のデータはそれほどないことも理由である)。データの取れる1845年から見るが、まず産業革命が最初に起きたイギリスが現在では考えられないほど、圧倒的に対外資産を一国で積み上げている(図2参照)。1860年にはフランスが(そして幾らかドイツが)、次に産業革命を起こしつつ、イギリスよりも対外資産を多く持つこととなる。20世紀の初頭には、アメリカがその工業化とともに、世界の工場となり、対外資産でも他国を圧倒するようになるのである。

すなわち、工業化が順に各国に起こることによって、その時その時の世界の工場が対外資産を積み上げてきたのが歴史的なパターンである。したがって、中国が世界の工場となった現在、そして日本やドイツがまだ産業競争力を持っている現在、対外資産の国際的偏在がこれらの国に見られることは、歴史的に見て、何ら異常なことではない。

もっとも、データから見て、異常でなさそうでも、理論的にも説明が求められる。そこで本研究では、順番に産業革命が起きるルーカス(2004)の理論モデルをもとに、国際的な資本取引を明示的に、中長期的な経済発展路理論の中に取り入れ、データのパターンを説明できるかを考察した。これまで、国際的な対外資産の保有は、定常状態での景気循環論を元に説明されることが通常であったが、それでは対外資産の偏在を理論的に説明できず、対外資産の国際的偏在が異常とされてきたことに対し、一石を投じる理論であると自負している。

我々の新しい理論では、産業革命が起こることそれ自体に対する賭けや保険などの金融市場がなく、また消費財は金(またはハードカレンシー)で購入する必要があるという、2つの現実的な仮定をおく。これらの仮定のもとで、はじめに産業革命が起き、生産性が高まった国(イギリス)が、より貿易黒字を出すが、他国よりも大きい将来の消費増加に備えて、金を保有するインセンティブがある。生産性の低い国が、高い国へ投資するという資本の流れはあるものの、現実的な設定のもとで、ネットで考えても産業革命を起こした最初の国が対外資産を貯め込むこととなる。

さらに、次に産業革命を起こした国(フランス)は、最初に起こした国(イギリス)よりも、急速に対外資産を積み上げることも説明できる。最初の国はすでに工業化が進み、対外資産の調整も定常的なものとなりつつあるのだが、次の国が産業革命を突然起こす時には、急に経済成長見通しが高まったことで、それまで低成長下で、全く準備できていなかった金(ハードカレンシー)を、将来の消費のために急に貯め込む必要が出てくるからである。このようにして、順に次の産業革命を起こす国が、その前の国から、対外資産保有の世界シェアを奪っていくことが説明できるのである。

政策的含意としては、今まで経済学的に異常とされてきた日本、中国、ドイツなどの一見恒常的に見える貿易黒字と対外資産の増加は、歴史的に見ても、理論的に見ても、異常なことではない、と国内外で主張すべきである。その一方、過去、圧倒的に貯め込んでいたイギリスやアメリカの対外資産がかなり減少していく中で、経常収支黒字が、1つの国で未来永劫続くということもまずありえないことを、理解しておかなくてはならない。

図1:対外資産残高(世界シェア%)
図1:対外資産残高(世界シェア%)
図2:金保有残高(世界シェア%)
図2:金保有残高(世界シェア%)