ノンテクニカルサマリー

賃金、生産性と雇用創出・消失:日本の部門レベルの雇用データを用いた実証研究

執筆者 劉 洋 (研究員)
研究プロジェクト RIETIデータ整備・活用
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

特定研究 (第四期:2016〜2019年度)
「RIETIデータ整備・活用」プロジェクト

本研究では、新しい手法を用いて、日本企業の雇用創出と雇用消失を測定した。さらに、雇用創出と消失の決定に関する労働経済学理論から示唆される基本要因を検証した。

研究の特色として、まず、企業の部門レベルの雇用データを用いて、従来の「粗創出」「粗消失」の手法では観測不可能な部分、すなわち雇用創出(消失)のうち、企業内の異なる部門での雇用消失(創出)によって純雇用レベルでは隠されていた部分を含めて計測した。そして、各企業内の雇用創出と消失の両方が観測できるため、それぞれに関する企業レベルでの計量分析が初めて可能となった。さらに、雇用創出と雇用消失の決定に関する労働経済学理論から示唆される基本要因を検証し、賃金、生産性(注1)、雇用コストが雇用創出と雇用消失に与える影響を明らかにした。

従来、雇用創出・消失に関しては、雇用の「粗創出」「粗消失」(gross job creation/destruction)が用いられてきた。これは、各企業/事業所の雇用の純増・純減の集計(例えばDavis and Haltiwanger 1999など)に基づく方法である。しかし、先行研究では、雇用の「粗創出」と「粗消失」に関していくつかの留意点が挙げられている。第1は過小評価(Cahuc and Zylberberg 2004)の問題である。Moser et al.(2010)は、マーケティング部門で雇用を創出すると同時に、輸出部門で雇用を減らす場合は、「粗創出」「粗消失」の測定方法では観測できない(両者の間の差のみが観察される)と指摘した。そして、Lagarde et al.(1995)の結果に基づいて、イタリアでは、純増減では反映できない企業内部の異なる職(job)の増減は、全増減の約半分を占めることが示された(Cahuc and Zylberberg 2004)。

第2に、雇用の「粗創出」と「粗消失」の方法では、企業レベルでの雇用創出・消失の決定要因を分析できないという欠点がある。なぜなら、企業レベルだと、従来の方法で測定したのは雇用純増減のみで、それは、企業の雇用創出・消失の決定要因とは異なるからである。たとえば、ある要因Aで、雇用の純増加が起こっていたとしても、次のようにいくつかの可能性があるため、本当に雇用創出を起こしたとは限らない:(1) Aが雇用創出を少し減らしたと同時に、雇用消失を大きく減らした;(2) Aが雇用創出に影響を与えないまま、雇用消失を減らした;(3) Aが雇用創出と雇用消失を両方増加させ、増加分は前者が後者を上回る;等々。この点については、既に先行研究で検証されている。たとえば、アメリカの研究 Klein et al.(2003)では、実質為替レートの変動は、純雇用の増減に影響を与えないものの、雇用創出・消失に有意な影響を与えることが明らかとなっており、為替レートの変動は、純雇用を増加させるが、雇用消失に与える影響のみによる効果で、雇用創出には影響を与えていないことが示されている。日本の研究Tachibanaki and Morikawa(2000)の中でも、ビジネス規制(business regulations)は、雇用創出・消失に影響を与えるが、純雇用の増減に影響を与えていないという結果が報告されている。以上のとおり、雇用創出・消失の決定要因の分析は、雇用の純増減の分析とは異なる。しかし、従来の「粗創出」と「粗消失」の測定方法では、企業レベルでは雇用の純増減しか観測できないため、雇用創出・消失の決定要因については、企業レベルの計量分析はできないという問題があった。

そこで、本研究で新しい測定方法を採用した。企業内の部門レベルの雇用データの利用によって、雇用創出(消失)のうち、異なる部門での雇用消失(創出)によって純雇用レベルでは隠されていた部分を観測できるようになった。そして、各企業内での雇用創出と消失の両方が観測できるため、それぞれに関する企業レベルの計量分析が初めて可能となった。

雇用創出・消失に影響を与える要因として、理論的には、賃金(注2)、生産性、雇用コスト、労働市場マッチングの効率性などがある。しかし現実には労働市場の規制などがあって、実証研究は、必ずしも理論を支持しているとは限らない。たとえば、ドイツの研究Moser et al.(2010)は、賃金(労働者1人あたりの平均賃金)の上昇は、雇用創出を抑制するが、雇用消失を増加させていないことや、売上高、GDP成長(jobの生産性に関する要因)の変動は、雇用創出、雇用消失いずれにも影響しないことが明らかにされている。

本研究は日本の企業データ(経済産業省「企業活動基本調査」の1996-2014年のデータを用いて作成した企業別パネルデータ)を用いて、賃金、職務の生産性と雇用コストが企業の雇用創出・消失に与える影響を検証した。主な結果は以下のとおりである(表1)。

(1)賃金が高くなると、雇用創出が有意に減少し、また、雇用消失が有意に増加することが明らかになった。そして日本においては、後者は前者を上回ることも明らかになった。
(2)企業における職務(job)単位の平均生産性は、雇用創出と消失に、それぞれ有意の正の影響と有意の負の影響を与え、前者が後者をやや上回ることが示された。
(3)雇用コストについては、正社員割合を代理変数として分析した結果、雇用コストが雇用創出に有意な負の影響を与えることが検証された。
(4)正社員の割合が上昇すると、確かに、雇用消失に負の影響を与えるが、雇用消失を減少させる分(-3.32)よりは、雇用創出を低下させる分(-22.41)が遙かに大きいことが示された。

表1:各効果の主の推定値析
賃金 生産性 正社員率 観測値
雇用創出に与える影響 -3.23
[-4.76]***
0.20
[9.37]***
-22.41
[-11.34]***
341609
雇用消失に与える影響 6.16
[10.59]***
-0.15
[-8.23]***
-3.32
[-2.09]**
360870

政策含意として、賃金水準の維持・引き上げ、労働者の解雇規制(日本独特の「正社員制度」)に関連する政策を実施する際、マイナスの影響も十分考慮する必要があると考えられる。なぜなら、それらが雇用創出を抑制し、雇用消失を悪化する面もあるからである。日本ではそれらの効果が統計的に有意であることが示された。

脚注
  1. ^ 関連する理論と整合的に、職務(job)の生産量を用いる。
  2. ^ 賃金が柔軟に調整できる場合、賃金交渉のパワー、失業手当制度などが雇用に影響を与える。
参考文献
  • Cahuc, P., Zylberberg. A., 2004. Labor Economics. MA: MIT Press.
  • Davis, S.J., Haltiwanger. J., 1999. Gross job flows. In: Ashenfelter, O., Card, D. (Eds.) Handbook of Labor Economics 3. Amsterdam:North-Holland, 2711-2805.
  • Klein, M.W., Schuh, S., Triest, R.K., 2003. Job creation, job destruction, and the real exchange rate. Journal of International Economics 59, 239-265.
  • Lagarde, S., Maurin, E., Torelli, C., 1995. Flows of workers and job reallocation. Insee Working Paper.
  • Moser, C., Dieter, U., and Beatrice, W., 2010. International competitiveness, job creation and job destruction—An establishment-level study of German job flows. Journal of International Economics 80, 302-317.
  • Tachibanaki, T., Morikawa. M., 2000. Employment adjustment, wage cut and shutdown: An empirical analysis based on the micro data of manufacturing industry. MITI/RI Discussion Paper, # 00-DOF-34.