ノンテクニカルサマリー

貿易と成長の非対称メリッツ・モデル

執筆者 内藤 巧 (早稲田大学)
研究プロジェクト 貿易費用の分析
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

貿易投資プログラム (第四期:2016〜2019年度)
「貿易費用の分析」プロジェクト

ある国の輸入自由化は、その貿易相手国においてより生産的な企業の輸出を有利にする一方で、より非生産的な国内販売企業の退出を促す。国内企業の淘汰を通じた資源の再配分は平均生産性を高め、企業の異質性がない独占的競争貿易モデルでは出てこない貿易利益をもたらす。このような考えに基づくメリッツ・モデルは、現在の国際貿易理論の中で最も標準的なモデルといっても過言ではない。しかしながら、メリッツ・モデルの使い手のほとんどは国の対称性を仮定しているため、先進国よりはるかに貿易費用が高いことが知られている開発途上国による一方的貿易自由化が各国の経済成長率に非対称的に与える影響を分析することはできなかった。本論文はそれを可能にする理論的枠組みを提供する。

本論文の基本的な考えは2つある。第1に、R&D(研究開発)ではなく資本蓄積を成長のエンジンとする。ある国が高度成長すると、その国の中間財の交易条件(1単位の輸出財と交換できる輸入財の量)の低下を通じてその国の成長率が引き下げられるので、長期的には国々の成長率は均等化される。第2に、中間財部門における異質企業の意思決定が静学的(つまり、製品寿命が1期限りで、各企業は毎期参入の意思決定をする)と仮定することである。このように企業内の動学を大胆に捨象することによって初めて、企業の異質性と国の非対称性の両方を伴う経済成長モデルの構築が可能になる。

本論文は解析的に(数値シミュレーションに頼ることなしに)2つの一般的な結果を得た。第1に、各国の国内生産性閾値(国内販売が得になる生産性の最小値)が増えるとき、そしてそのときにのみ、その国の輸出品目数(これは「輸出の外延」とも呼ばれる)、輸出品目からの収入割合(これは「貿易開放度」の尺度になる)、成長率が増える。国内企業の淘汰が進むと、生き残った企業にとっては国内販売に比べて輸出が有利になる。一方で、生き残った企業はより高い資本収益率でも生き残ることができるので、家計にとっての貯蓄の誘因が増し、経済成長率が高まる。

第2に、古い均斉成長経路(長期的に国々の成長率が均等化された状態)に比べて、任意の輸入貿易費用の永続的低下は、全ての国、全ての時点の成長率、および全ての国の厚生を高める。下記の図に沿ってこれを説明する。横軸に時間\(t\)、縦軸に国\(i\)(\(i\)=1、2)の成長率\(\gamma_i\)を測る。自由化前には、両国は均斉成長率\(\gamma_i^{*}\)で成長していたとする。ここで、時点\(t_0\)から国1が一方的に輸入貿易費用を引き下げたとする。これは直接的には国2の輸出を有利にするので、国内企業の淘汰を通じて同国の成長率は\(\gamma_{20}^{'}\)に高まる。一方で、国2の輸出の有利化は国1の貿易収支を赤字化させるので、それがゼロに戻るためには、国1の資本が相対的に安くならなければならない。これは国1の輸出を有利にするので、同国の成長率も\(\gamma_{10}^{'}\)に高まる。どちらの国の成長率がより大きく高まるかは一概には言えないが、古い均斉成長経路において国1の方が貿易開放度が相対的に大きい場合、図のように\(\gamma_{10}^{'}\)>\(\gamma_{20}^{'}\)となる。時点\(t_0\)より先でも、国々の成長率の差を縮めるように交易条件が調整され続けるので、最終的に両国の成長率は\(\gamma_{10}^{'}\)と\(\gamma_{20}^{'}\)の間の\(\gamma_i^{*'}\)に落ち着く。図のように、全ての国、全ての時点で、成長率が古い均斉成長経路に比べて高まっている。これは\(\gamma_{10}^{'}\)<\(\gamma_{20}^{'}\)の場合でも同様である。更に、第1の結果より、各国の輸出品目数(輸出の外延)と輸出品目からの収入割合(貿易開放度)も成長率と同様に、全ての時点で古い均斉成長経路に比べて高まることがいえる。最後に、各国の消費の経路も時点より先の全ての時点で古い均斉成長経路に比べて高まっているので、各国の厚生も高まる。

以上のように、現在の国際貿易理論の中で最も標準的なモデルの1つであるメリッツ・モデルにおいても、たとえ貿易自由化が一方的であったとしても、自由化国自身だけではなく、その貿易相手国の経済成長も促進できるという、貿易自由化を強く支持する政策的含意を導くことができた。更に、このモデルは、たとえば最適関税や特恵的貿易自由化など、国の非対称性を必要とするさまざまな問題に応用可能な、非常に使い勝手が良いモデルとなっている。

図