ノンテクニカルサマリー

国際通商とプライベート・スタンダード-WTO・SPS委員会での議論とWTO外の対応-

執筆者 内記 香子 (大阪大学)
研究プロジェクト 貿易・直接投資と環境・エネルギーに関する研究
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

貿易投資プログラム (第三期:2011~2015年度)
「貿易・直接投資と環境・エネルギーに関する研究」プロジェクト

問題の所在と本稿の目的

途上国の生産者をサポートするフェアトレード認証、森林保護のFSC(Forest Stewardship Council)認証あるいは農園に関するレインフォレスト・アライアンス認証など良く知られた制度をはじめ、食品だけではなく紛争フリーの責任ある鉱物調達を目的とした制度や、持続可能なツーリズムやレジャーなどのサービスに関する制度も含めて、今、市場には数多くのプライベート・スタンダード(Private and Commercial Standards)が存在している。またプライベート・スタンダードの多くは、社会的・環境保護的・倫理的な目的を有している点も大きな特徴である。

プライベート・スタンダードを中心としたプライベート・ガバナンスの発展は、国家がうまく規律できなかった社会的・環境保護的・倫理的な事項を(国家に代わって)とり扱い、規律を導入しているという意味で新しいガバナンスの形として評価されている。その一方で、プライベート・スタンダードの拡散・増加・乱立の状況は、しばしば"fragmentation"(断片化)と表現され、その帰結として、次のような問題も指摘されている。すなわち、必ずしも環境・社会・倫理上の問題に有効に対処していないスタンダードが横行するようになったり、数多くのスタンダードの中でどれが信頼のおけるものなのかユーザーが混乱し判断できない状況になったりする問題である。たとえば、前述のフェアトレード認証とレインフォレスト・アライアンス認証について、コーヒー飲料にそのラベリングが付いていた場合、消費者はその違いを理解しているだろうか。あるいは、コーヒーの生産者の場合、フェアトレード認証とレインフォレスト・アライアンス認証にはどのような違いがあって、自身の生産にどのような効果があるということが分かっているだろうか、という問題がある。

FSC、フェアトレード、あるいはレインフォレスト・アライアンスなどは、よく知られたスタンダードおよび認証制度であり、環境・社会・倫理的な問題解決に寄与しているとすれば、それらスタンダードは一定程度の公的な機能を有しているといえ、広く国際社会に影響を与えていると考えられる。すべてのプライベート・スタンダードに公共性があるとはもちろんいえないが、その中に公共性が認められるものがあるとすれば、そこでは、私的なものであったとしても、制度の正当性やアカウンタビリティが求められるべきであると最近は考えられている。本稿は、具体的なスタンダードを取り上げて、その制度の有効性や正当性を事例として検討するものではない。本稿ではより大きな観点から、プライベート・スタンダードの増加や拡散に対する懸念や問題に対して、国際社会でどのような対応がなされているのか、WTOとWTO外でのアプローチをみることとする。

本稿の検討内容と今後の研究課題

WTOでは、2005年以降、SPS委員会でプライベート・スタンダードをめぐって議論が続けられており、それは、途上国からの農産物輸出においてプライベート・スタンダードが通商障壁になっている、という懸念が加盟国から表明されたからである。SPS委員会では2011年3月に5つのアクションを決定し、その決定に基づいてプライベート・スタンダードの問題が継続的に議論されている。本稿では、1つ目のアクション、SPS関連のプライベート・スタンダードの定義作り(developing a working definition of an SPS-related private standard)に注目して、議論の動向を分析した。現状ではいまだに委員会内でコンセンサスがとれる定義案は出ておらず、議論においては「非国家機関(non-governmental entity)」の用語を使うかどうかで、使用に反対する先進国があり、対立点となっている。

WTO外の対応としては、下記の3つの点を検討した:(1)ISEAL Allianceの取り組み;(2)プライベート・スタンダードの影響評価の取り組み;(3)ITC(International Trade Centre)のStandards Mapデータベースの取り組み、である。

(1)ISEAL Allianceの取り組み
(2002年、本部・ロンドン)
(2)スタンダードがもたらす影響を評価する取り組み(3)ITC (International Trade Centre) Standards Mapデータベース
http://www.standardsmap.org
・3つのコードを遵守した制度にFull Membershipを認める形で、数多くのスタンダードの中から信頼できるものの差別化をはかる。3つのコードとは、(1)standard-setting code、(2)impact evaluation code、(3)assurance (certification and accreditation) codeである。・COSA(The Committee on Sustainability Assessment) 調査レポート(2013年):ココアとコーヒーに産品を限定、12カ国で使用されているプライベート・スタンダードについて、経済的・社会的・環境保護の観点から詳しい分析を行っている。
・SSI (The State of Sustainability Initiatives) Projectレポート(2014年):対象を10の商品(砂糖、ココア、綿、パーム油など)と幅広くとって16のスタンダードに関する市場調査をしているが、詳細な分析にまで至っていない。
・ユーザーは、自身のビジネスに関連する産品や生産国・輸出先などから、関連のスタンダードを特定。すると、特定された複数のスタンダード間の特徴を比較した結果がグラフ化される。比較の結果は、まず、スタンダードの実態的内容について5つのサステナビリティ分野("environment", "social", "management", "quality", "ethics")に照らして表示され、次に、スタンダードを策定した認証スキームの手続的・制度的な特性が5つの点("audits", "claims and labelling", "support", "standard", "governance")に照らして表示される。

本稿は、具体的なスタンダードを取り上げて、その制度の有効性や正当性を事例として検討していないが、それは今後の重要な研究課題であることを認識した上で、さらに政策的には次の2つの研究課題が指摘できる。第1に、プライベート・スタンダードは、政府が関与しない私的エリアの問題にとどまらず、いわゆる「パブリック・プライベート・パートナーシップ」という形で、政府との協働の可能性がある分野でもある。パートナーシップが進んでいるという欧米の各国で、政府がどのようにプライベート・スタンダードを活用しているのか、事例を検討し、日本国内でもどのようなパートナーシップの可能性があるか検討していく必要があるだろう。第2に、中国・インド・ブラジルにおけるプライベート・スタンダードの拡大に関する研究の必要性である。欧米向けの輸出のためにどのような取り組みがなされているかというだけでなく、人口の大きいこれら新興国内の消費者のサステナビリティへの関心を向上させることで、よりサステナビリティの市場を拡大していきたいという、サステナビリティ業界全体の関心も強い。日本においても、プライベート・スタンダードの研究の広がりを期待したい。