ノンテクニカルサマリー

日本企業のクラウドサービス導入とその経済効果

執筆者 金 榮愨 (専修大学)/権 赫旭 (ファカルティフェロー)
研究プロジェクト サービス産業に対する経済分析:生産性・経済厚生・政策評価
ダウンロード/関連リンク

このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

産業・企業生産性向上プログラム (第三期:2011~2015年度)
「サービス産業に対する経済分析:生産性・経済厚生・政策評価」プロジェクト

日本は情報通信技術(Information & Communication Technology, ICT)革命に乗り遅れている(Fukao, et al. 2015)。そのため、1990年代後半以降も持続的な経済成長を成し遂げたアメリカと対照的に日本経済は低迷を続けた。2000年代に入り、ICTはハードウェアからソフトウェア、ソフトウェアからICTサービスに形を変え、革命を続けている。日本でも2007年日本郵便グループがSalesforceのサービスを導入することによって注目され始めたクラウド・コンピューティングによるサービスは、今後のICTの主流になると考えられている。日本企業は1990年代のICT革命の乗り遅れをここでも繰り返すのか。そのために、今後生じうる生産性の伸びと経済成長を逃すのか。

「情報処理実態調査」と「情報通信白書」の結果を見ると、日本は米国に比べ、クラウドサービスの導入率で大きく遅れている。2012年、日本の導入率は30%弱であるのに対し、米国は70%の企業がクラウドサービスを導入している。

図:クラウドサービス導入率の日米比較
図:クラウドサービス導入率の日米比較
出展:情報処理実態調査より、著者作成。2006-2008年SaaSの利用状況

では、このように低いクラウドサービスの導入率は日本企業のシステムで適切なのか、過少なのか。本論文では、資本と労働に加え、R&DやICTを含む企業の生産関数を推計し、その限界生産を測定している。その結果、資本やR&Dは適切な投資レベルであるが、ICTは過少投資されていることが確認された。ICTをさらに、ハードウェア、ソフトウェア、ICTサービスなどに細分して、付加価値に対する弾力性と限界生産を測ってみるとソフトウェアとICTサービスの係数が大きく、限界生産はそれぞれユーザーコストの8倍と5倍ほどであることがわかった。クラウドサービスは特に限界生産がユーザーコストを20倍も上回っている。

ln (Value‐added)2009-2011
(1)(2)(3)(4)
lnK0.115 ***
(0.008)
0.13 ***
(0.008)
0.115 ***
(0.008)
0.13 ***
(0.008)
lnL0.693 ***
(0.013)
0.779 ***
(0.013)
0.693 ***
(0.013)
0.777 ***
(0.013)
ln(R&D)0.036 ***
(0.004)
0.049 ***
(0.004)
0.035 ***
(0.004)
0.049 ***
(0.004)
ln(ICT)0.155 ***
(0.007)
ln(ICT cost ‐ cloud cost)0.155 ***
(0.007)
ln(ICT, hardware)0.01 **
(0.005)
0.01 *
(0.005)
ln(ICT, software)0.049 ***
(0.006)
0.048 ***
(0.006)
ln(ICT, service)0.029 ***
(0.006)
ln(ICT, service ‐ cloud cost)0.032 ***
(0.006)
ln(ICT, others)0.002
(0.006)
0.001
(0.006)
ln(ICT, cloud)0.024 ***
(0.009)
0.047 ***
(0.010)
0.03 ***
(0.009)
0.051 ***
(0.010)
Observation6,6716,6716,6356,671
AdjustedR‐squared0.8920.8820.8930.882
Note. 1. * p<0.10, ** p<0.05, and *** p<0.01. 2. Industry dummy and year dummy variables are included. 3. Dependent variable is logarithmic value of value‐added. 4. Heteroskedasticity‐robust standard errors are in parentheses. 5. OLS estimation.

表9:Marginal product of inputs
ModelVariablesObs.MeanS.D.Min.MedianMax.
(3)K6,6612.49564.9390.0010.1204503
R&D2,3401.78410.4480.0010.152264
ICT6,42224.98284.2920.1577.8464281
Cloud94970.315245.9770.13423.8345972
(4)Hardware5,1483.23711.8090.0111.312576
Software4,17623.49562.1110.0808.4492150
ICT service2,67716.03545.6080.0465.332879
ICT others2,1360.4841.0870.0020.16416
Cloud985123.196414.2170.22740.78610103

このように、クラウドサービスの生産への貢献と過少投資が確認されるが、「システムの信頼性・安全性が不十分」「重要データを社外に出せない」などセキュリティへの懸念などから、導入を躊躇する企業が多く、導入が遅れている。今後、クラウドサービスのメリットなどの啓蒙と技術的サポートにより、新しいクラウド革命から生産性成長と経済成長を引き出す必要がある。