執筆者 | 川瀬 剛志 (ファカルティフェロー) |
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研究プロジェクト | 現代国際通商・投資システムの総合的研究(第II期) |
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。
貿易投資プログラム (第三期:2011~2015年度)
「現代国際通商・投資システムの総合的研究(第II期)」プロジェクト
本稿の目的
GATT第1条、第3条、第20条は、WTO協定の根幹をなす無差別原則(最恵国待遇・内国民待遇)に関する中心的な規定である。その規律内容は抽象的・一般的であるので、旧GATT時代、そしてWTO体制下でも、パネル・上級委員会が個別の紛争においてこれらを解釈することで、その内容を明確化してきた。解釈の方向性は、加盟国の規制裁量を柔軟に認めるか、あるいは無差別・多角的・自由な貿易の貫徹かを双極として、どちらに近接するかにつき、時期によって一定の「ゆらぎ」が見て取れる。2010年代に入り、これらの条文に加え、密接な関係を有するTBT協定2.1条に関する上級委員会の判断が相次いで示されこともあり、無差別原則の解釈に一定の変化と発展が見られるようになった。本稿は昨今の判例法の展開が加盟国の政策裁量に与える影響を検討した。
何が問題か
たとえばエコカー補助、酒税、Tシャツやコーヒーのフェアトレード認証など、環境、税収、公衆衛生、人権など、他の政策目的達成のために、産品の競争力に影響がある規制が課されることは身近に少なくない。これらは全て産品として同種のもの(たとえば乗用車なら乗用車)を一定の政策目的に適合する基準(たとえば燃費、排気ガスの汚染物質含有、駆動方式)で差別することに他ならず、これが無差別原則に反することになる。このように、無差別原則、そしてこれらの措置を救う例外規定の解釈は、こうした政策手段について各加盟国がどの程度政策裁量を持ちうるかを左右する点で、重要な示唆を有する。無差別原則が加盟国の政策裁量と自由貿易の達成のバランスをどのように実現しながら適用されるかは、本稿で行うように、WTO判例を丹念に読み解くことで明らかになる。
近年のWTO判例の展開
近年の事案は無差別原則の関連規定を網羅的に解釈・適用したものではないが、以下の点で関連条文の解釈を明確化している。
条文 | 近時の判例法の展開 |
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GATT第1条第1項 |
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GATT第3条第2項 |
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GATT第3条第4項 |
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GATT第20条 |
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TBT協定2.1条 |
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政策的インプリケーション
上記の判例の発展は、たとえば以下のような影響を個別政策に与えることになる。
政策例 | 判例法の示唆 |
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エコカー減税 |
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炭素税 |
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木材利用ポイント事業 |
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総括と評価
上記のことから、総括すれば、基本的に加盟国の政策裁量をなるべく拡大することで、非貿易的関心事項を目的として取られる規制をなるべくWTOが干渉しない方向に無差別原則の解釈が向かっていることを示す。前WTO事務局長ラミーは、経済のグローバル化を「人間らしいものとする(humanize)」ことの重要性を説くが(Pascal Lamy, Geneva Consensus, Ch.1 (2014))、一連の上級委員会の判断もその方向に沿うものと理解される。