ノンテクニカルサマリー

退職後の消費支出の低下についての一考察

執筆者 暮石 渉 (国立社会保障・人口問題研究所)
殷 婷 (研究員)
研究プロジェクト 少子高齢化における家庭および家庭を取り巻く社会に関する経済分析
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

社会保障・税財政プログラム (第三期:2011~2015年度)
「少子高齢化における家庭および家庭を取り巻く社会に関する経済分析」プロジェクト

総務省が5年に1回行っている社会生活基本調査の最新の生活時間に関する結果報告(平成23年度、総務省のHPよりダウンロードできる。http://www.stat.go.jp/data/shakai/2011/pdf/gaiyou2.pdfより)によると、日本人の家事に関連した時間は、平均で2時間10分(1日あたり、週全体の平均、以下同じ)であるが、男女別にみると男性は42分、女性は3時間35分と男女の間に大きな差が報告されている。

これを退職者が増加し始める年齢である60歳を区切りとして見てみると、男性では50から54歳で32分、55から59歳で35分なのに対し、60から64歳では47分、65から69歳では1時間3分と、退職の前後で大きな増加を示している。

男性は、退職することによって、時間の相対的な価格が低下することから、「家庭生産」における、家事時間のインプットを増やしているためと考えられる。実際、専業主婦がより多く、60歳前後における時間の相対的な価格に変化がない女性に関しては、50から54歳で4時間8分、55から59歳で4時間23分であるのに対し、60から64歳では4時間24分とほぼ変化がなく、むしろその後、65から69歳では4時間17分へと若干短くなっている。

さて、退職前後の経済状況の変化に関しては、これまで退職後の消費額の低下に関心がもたれてきた。つまり、退職によって所得が低くなることで、消費額が低下するのであれば、それは老後の生活水準が低下しているのではないかと考えられるからである。今回、「くらしと健康の調査」における北海道滝川市、宮城県仙台市、東京都足立区、岐阜県白川町、金沢県金沢市の5都市の50歳以上75歳未満(2007年調査時点の年齢)の男女を調査対象としたデータを使用し、食費、外食費、生活費に関して家族人数の影響を排除し、パネル分析を行ったところ、世帯主の退職は、食費と生活費に関しては影響を与えないが、外食費を低下させることがわかる(表1)。

しかし、退職後に、市場での購入(つまり外食)から、家庭生産(家事時間)へと代替が起こっているのかもしれない。同調査における、家事時間をみてみたところ、退職前は休日にまとめて行っていた家事・日用品の買物・子どもや孫の世話を、退職後は平日にシフトさせていることがわかる(図1)。このことは、老後の生活水準の低下は懸念するほど大きくないということを示しているのかもしれない。食事の準備や買い物といった家事に長い時間を費やし、同じものをより安い価格で購入しているとも考えられる。

今後さらに進展する高齢化社会を充実したものにするための施策を考えるためには、高齢者の退職前後での生活水準の平準化が、高齢者の主観的幸福感の平準化につながっているのかどうかを明らかにする必要があるだろう。たとえば、健康状態の悪化や非自発的な退職など予期せぬ出来事を経験した高齢者において、主観的幸福感が低下しているというのであれば、医療費を減らす施策やセーフティネットの拡充が求められるのではないだろうか。

表1:食費、外食費、生活費のパネル分析
(a)
log(食費)
(b)
log(外食費)
(c)
log(生活費)
変数固定効果
モデル
変量効果
モデル
固定効果
モデル
変量効果
モデル
固定効果
モデル
変量効果
モデル
退職-0.029
(0.0338)
0.026
(0.0227)
-0.1697*
(0.0905)
-0.1453***
(0.0524)
0.0374
(0.0423)
0.0275
(0.0257)
世帯人数0.031
(0.0255)
0.1167***
(0.0104)
-0.1851***
(0.0651)
0.0081
(0.0223)
0.0218
(0.0323)
0.1345***
(0.0113)
年ダミー(2009年)-0.0939***
(0.0185)
-0.0904***
(0.0168)
-0.1148**
(0.0446)
-0.0952**
(0.0392)
-0.0893***
(0.0226)
-0.0758***
(0.0202)
年ダミー(2011年)-0.0636***
(0.0200)
-0.0578***
(0.0178)
-0.1247*
(0.0489)
-0.0886**
(0.0421)
-0.1023***
(0.0245)
-0.081***
(0.0214)
定数項10.8712***
(0.0572)
10.6853***
(0.0273)
9.6926***
(0.1518)
9.2298***
(0.0603)
11.9102***
(0.0732)
11.6632***
(0.0300)
N323232322770277033023302
r20.0220.01540.0162
注:「くらしと健康の調査」より、筆者ら計算。有意水準は、***が1%、**が5%、*が10%を示す。括弧内は標準誤差を示す。退職は、外食費にだけ負の影響を与え、食費と生活費には影響を与えない。

図1:平日の家事時間と年齢の関係
図1:平日の家事時間と年齢の関係
注:第一回~第三回「くらしと健康の調査」(北海道滝川市、宮城県仙台市、東京都足立区、岐阜県白川町、金沢県金沢市)より、筆者ら作成。点線が最大値を表す。世帯主の年齢で2年刻みのコホートを示している。