ノンテクニカルサマリー

配偶者の死は健康状態を悪化させるか?-中国チンタオ市の事例から-

執筆者 川田 恵介 (広島大学)/WANG Meixin (チンタオ大学)/殷 婷 (研究員)
研究プロジェクト 少子高齢化における家庭および家庭を取り巻く社会に関する経済分析
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

社会保障・税財政プログラム (第三期:2011~2015年度)
「少子高齢化における家庭および家庭を取り巻く社会に関する経済分析」プロジェクト

少子高齢化問題は、東アジア共通の社会問題となっている。その中でも中国社会は、一人っ子政策を背景に、中発展国並の(1人当たり)所得と高い高齢化率が両立する状況に直面することが予測され、政策的対応が急がれている。中でも健康寿命の延伸は、高齢化社会に対応する上で重要な政策の1つであると考えられている。

高齢者の健康を考える上で重要な論点の1つは『配偶者』の健康状態である。先進国を対象とした多くの実証研究は、配偶者の健康状態の悪化が残された高齢者の健康状態に負の影響を与えることを示している。これはある高齢者の健康状態は、その配偶者の健康状態に対して正の外部効果を持つことを意味しており、政策介入の必要性を示唆している。特に『夫婦』をターゲットとした政策、夫婦での健康診断の促進(夫婦ドック)など、の重要性をも意味している。

上記の配偶者が持つ健康効果の重要性は、歴史的に『家族』の役割が重要であった東アジアにおいて、特に重要な意味を持つと考えられる。しかしながら、日本を除き、東アジアを対象とした実証研究の蓄積は不十分な現状にある。そこで本研究では、中国のチンタオ市にて実施された高齢者を対象とする調査データを使用し、配偶者の死が持つ健康効果について推定を行った。

表1
女性男性
配偶者を失った高齢者配偶者が生存している高齢者配偶者を失った高齢者配偶者が生存している高齢者
1種類以上の持病を抱えている高齢者の割合0.4600.2930.1670.4040.2940.11
1種類以上の大病を抱えている高齢者の割合0.1170.0590.05780.0880.0700.0179
サンプル数2391298571303

表1では配偶者を失った高齢者(60歳~75歳)と失っていない配偶者の健康状態を男女別に示している。配偶者を失った高齢者と失っていない高齢者の間の健康状態の差は、男性に比べ、女性のほうが大きく、統計的な検定の結果も女性についてのみ有意な差を検出している。本論文ではさらに、配偶者を失った高齢者と失っていない高齢者の間で見られるさまざまな属性の違い(学歴、居住地域、年齢、家族の状態など)を制御した推計も行っている。これら推計結果も、表1と同様に、女性についてのみ統計的に有意な健康効果を示している。

本論文が示した推計結果は、他の東アジア諸国を対象とした研究結果と大きく異なる点がある。他国を対象とした研究では、女性に比べ男性に対して、配偶者の死が持つ負の健康効果がより強く検出されている。これらの実証結果は、当該地域において頑強に残る男女の役割分担意識の結果であると解釈されている。伝統的に男性の家事負担が少なく、その結果、配偶者を失った場合男性は生活の維持に困難が生じる、という仮説である。

対して本研究では、中国においては男性よりも女性に対して大きな負の影響があることを示している。この結果に対してさまざまな解釈が可能であるが、先行仮説の延長線上に位置づけるとするならば、中国政府の政策の影響が考えられる。『女性の社会進出』は中国共産党政府の伝統的政策であり、特に毛沢東時代(1949年~1976年)に強力に推し進められてきた。この結果中国本土においては、男性の家事参加が促進され、相対的に高い家事能力が保持されてきた。これは、生活の維持困難を通じた、配偶者の死がもたらす負の健康効果を緩和する機能があり、それが本実証結果に現れていると考えられる。

最後に本研究が持つ政策的含意について議論する。本研究結果は、中国においても先に述べた『夫婦』を対象とした政策の重要性を示している。これらの政策は日本のいくつかの自治体においてすでに導入されており、これにより得られた経験は中国における社会政策の立案に対しても有益であると考えられる。少子高齢化という東アジア共通の社会問題に対して、日本社会が蓄積してきた政策経験、データ、研究成果の国際的共有は、日本が地域世界に対して果たしうる大きな貢献であり、今後のさらなる進展が期待される。