執筆者 | 張 紅咏 (研究員) |
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研究プロジェクト | グローバルな市場環境と産業成長に関する研究 |
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。
貿易投資プログラム (第三期:2011~2015年度)
「グローバルな市場環境と産業成長に関する研究」プロジェクト
研究の概要
本研究は、1992年から2012年にかけての中国から186カ国への一時的な労働移動のパネルデータを用いて国際労働移動のパターンと決定要因を分析するものである。ここでいう労働移動は、ある国において中国から移動してきた人によってサービスが提供されることである。図1は労働者の送り出しの推移を示している。人数は年末海外在留労働者数である。「対外労務合作」の労働者の送り出しは1990年代から急増しており、2012年時点で約51万人にも達している。また、2001年に中国がWTOに加盟後、「海外建設請負」も急速に拡大し、2012年に約34万人に上る。
「対外労務合作」とは、中国国内企業と海外の企業との間で契約を結んだ後、その契約に基づいて中国人労働者を派遣し、労働力を提供することである。労働者は契約の定めた業種・作業内容・期間などに基づいて仕事し、既定の報酬を受け取り、契約履行後に帰国するという方式である。因みに、日本の外国人技能実習制度を通じて来日した中国人労働者はこの分類に入っている。業種に関しては、農業・製造業・運輸業・ITなどをカバーしている。「海外建設請負」とは、国内企業または団体が行う外国、香港・マカオ・台湾の建設プロジェクトの請負、設備や技術の輸出に伴う労働力提供のことである。建設請負の内容は、調査・設計・施工・設備と原料の調達や設置・コンサルティング・管理などがある。近年、特にアフリカにおける労働者の受け入れが著しく増加している。
本研究は、労働者移動のパネルデータを用いて労働移動の重力モデルを推定した。「対外労務合作」に関する分析結果から、(1)中国からの距離が遠くなると、送り出しは減少すること、(2)受け入れ国の人口規模が大きくなると、労働者の送り出しが増える傾向があること、(3)受け入れ国の1人当たりGDPが高くなると、労働者の移動は増加すること、(4)外国人技能実習制度を実施している日本は中国人労働者の受け入れが多いことが明らかになった(表1)。
一方、「海外建設請負」では、(1)重力モデルの予測に反して距離が離れていても、または受け入れ国の所得水準が低下しても送り出しが減少する傾向は統計的には確認されないこと、(2)海外建設請負促進政策の対象とされた国には労働者の送り出しが多いこと、(3)中国からの政府開発援助・受け入れ国の天然資源賦存度との間に正の相関があることから、労働移動の拡大は労働者の経済的目的によるものというより、中国政府の政策や戦略によって促進されたものだといえる。
対外労務合作 | 海外建設請負 | |
---|---|---|
距離 | - | -または有意性ない |
人口規模 | + | + |
1人当たりのGDP | + | -または有意性ない |
自由貿易協定 | +または有意性ない | +または有意性ない |
海外建設請負促進政策 | -または有意性ない | + |
外国人技能実習制度 | + | -または有意性ない |
対外直接投資 | + | + |
政府開発援助 | 有意性ない | + |
天然資源収入がGDPに占める割合 | 有意性ない | + |
日本への示唆
国際的な労働移動には、さまざまな決定要因がある。送り出し国と受け入れ国の人口規模、移動費用、相対賃金、海外労働政策などに影響される。また、職種や分野によって労働移動の決定要因が異なる可能性もある。
日本政府は昨年6月、『日本再興戦略』改訂2014を閣議決定した。外国人技能実習制度の見直し、2020年東京オリンピックに向けての建設および造船分野における外国人材の活用、国家戦略特区における家事人材の受け入れなどが盛り込まれた。一方、本研究の分析結果から、製造業などの業種に比べて建設分野において外国人技能実習制度を利用して来日した中国人労働者はまだ少ないようである。外国人技能実習制度の見直し、建設および造船分野における外国人材の活用には、職種や分野に応じて政策の工夫が求められる。
送り出し国と受け入れ国の二国間協定も重要である。近年日本がインドネシア、フィリピンと締結した経済連携協定(EPA)には、介護部門における人材受け入れが盛り込まれている。国内労働市場の需要や相対的賃金などを考慮しつつ、外国人労働者の受け入れ政策と環境が整備されれば、政策の効果が大きいと期待される。