サプライチェーンを通じた知識伝播-遠くのつながりと強いつながりの効果-

執筆者 戸堂 康之 (ファカルティフェロー)/Petr MATOUS (東京大学)/井上 寛康 (大阪産業大学)
研究プロジェクト 企業ネットワーク形成の要因と影響に関する実証分析
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

貿易投資プログラム (第三期:2011~2015年度)
「企業ネットワーク形成の要因と影響に関する実証分析」プロジェクト

企業にとって、他社から新しい技術や知識を取り入れることは、自社の生産性やイノベーション力を伸ばすための重要な手段の1つである。また、このように企業間で適切に技術が伝わることは、経済全体の成長にも貢献する。

では、どのような経路で企業間で技術が伝わるのだろうか? 考えられる1つの経路は、サプライチェーンである。たとえば、トヨタがそのサプライヤーと技術や情報を交換していることはよく知られている。また、質の高い部品を利用すれば生産性があがるが、これは部品に内包される形で技術がサプライヤーから伝わっているといえる。

我々は、東京商工リサーチが収集した約80万社、400万の取引関係を網羅したデータから、製造業でデータのそろった約4万社を抽出して、特にどのようなサプライチェーン・ネットワークを通じてより活発に技術が伝わるのかを分析した。その結果、企業は、多様な取引先とつながることで生産性やイノベーション力を伸ばしていることが明らかとなった。これは、多様な取引先から多様な技術や知識を吸収できるからだと考えられる。

我々の分析によると、同じ都道府県内のサプライヤーの数が増えても企業の従業員1人当たりの売上高や特許申請数は増えないが、都道府県外のサプライヤーや顧客企業が増えるとこれらの企業業績は上昇する(図1(1)(2))。これは、近隣の取引先よりも遠方の取引先の方が自社にとって目新しい技術、知識、情報を持っているからだろう。

また、ある企業の取引先同士が互いに取引をしている場合には、取引先同士が互いを知らない場合よりも、その企業の業績が悪い(図1(3))。これは、取引先同士が密接な関係にある場合には知識が重複してしまっていて、取引先から得られる知識が少なくなってしまうためだと思われる(図2)。

つまり、地域内で閉鎖的なネットワークを形成するだけでは企業は停滞してしまい、遠方の「よそ者」ともつながることでこそ、新たな知識を取り入れて成長できるのだ。

だから、地方創生において、地域内の企業や産業だけを対象とする政策では地域の成長は期待できず、むしろ地域の企業を地域外の企業や人材と結び付けるような政策が有効だ。たとえば、地域外の企業との商談会、展示会への参加、大学との産学連携、ベンチャー・キャピタルの招聘、Uターン・Iターンを支援するような「つながり支援」こそが、地方創生のカギを握る。農業の6次産業化においても、地域の農家と農協だけで6次化を進めるよりも、地域内外の企業や大学と連携することで地域農業がより活性化されるはずだ。

また、よそ者とのつながりが企業の成長を促すということは、海外企業とのつながりによって企業が成長するということにもつながる。この研究では、データの制約から海外企業とのつながりを把握することはできないが、輸出や対外直接投資をすることで日本企業の生産性が成長することや、研究開発を伴う対日投資が同じ産業内の日本企業の生産性を高めることは、これまでの研究でも見出されている(注1)。したがって、企業の海外進出支援、外資企業の誘致なども、地方創生に大きな効果が期待できる。

さらに、これらの考え方は、「中所得国の罠」に陥ったアジアの国々(注2)にも適応できる。グローバル経済に対して保護主義的な政策によって企業や政府のネットワークを国内で閉じたものにしてしまっては、新興国の成長はストップする。中南米諸国が1950~60年代に犯したこの過ちを、アジア諸国は繰り返してはならない。アジアの新興国が高い成長を維持して先進国入りするためには、貿易と対内直接投資の自由化を進めて「よそ者」とのつながりを強化することが必要なのである。したがって、EPAの締結などを通して日本政府がアジアにおける広域の企業ネットワークの構築を支援していくことは、日本の地方創生にもアジアの成長にも利するwin-winの政策であり、推進する意義は非常に大きい。

図1:取引先とのネットワークが変化した時の売上高と1人当たり売上高の変化
図1:取引先とのネットワークが変化した時の売上高と1人当たり売上高の変化
図2:取引先同士が密接につながったネットワーク(左)と多様な取引先とつながったネットワーク(右)
図2:取引先同士が密接につながったネットワーク(左)と多様な取引先とつながったネットワーク(右)
脚注
  • ^ Kimura F., Kiyota K. (2006). Exports, FDI, and productivity: Dynamic evidence from Japanese firms. Review of World Economics. 142, 695-719.
    Todo Y. (2006). Knowledge spillovers from foreign direct investment in R&D: Evidence from Japanese firm-level data. Journal of Asian Economics. 17, 996-1013.
  • ^ 戸堂康之(2014)、「アジアと中所得の罠-排他性が成長・革新阻む-」、日本経済新聞経済教室 2014年8月27日朝刊(RIETIウェブサイトhttp://www.rieti.go.jp/jp/papers/contribution/todo/03.htmlに転載)を参照。