執筆者 | 吉田 裕司 (滋賀大学)/佐々木 百合 (明治学院大学) |
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研究プロジェクト | 為替レートのパススルーに関する研究 |
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。
国際マクロプログラム (第三期:2011~2015年度)
「為替レートのパススルーに関する研究」プロジェクト
為替パススルー(注1)を計測する研究において貿易データを用いることが多い。国際的基準であるHS分類では6桁分類が用いられているが、日本の場合は更に細分化された7000製品以上の9桁分類が公表されている。しかし、この細分化された製品内であっても複数の輸出企業の製品が含まれていることが、個々の輸出企業の価格設定戦略を分析する障壁になっている。本研究においては、その細分化された製品を出荷された特定の国際港(注2)において捉えることで、輸出企業を限定できることに着目した。さらに、詳細なモデル別の小売価格と比較することで、メーカー出荷時点での輸出価格とディーラー販売時点での小売価格を含む国際流通構造における価格設定に関する知見を得ることができた。
図1(論文内のFigure11)は主要20カ国を対象とした輸出価格における、マツダのエンジンサイズ別のパススルー弾性値をプロットしたものである。各プロットは横軸に記載されている四半期を開始時点として10年間(40四半期)分のデータによる推定されたパススルー弾性値を示している。パススルー弾性値は、まだ自動車の輸出自主規制が実施されていた時期を含む1980年代後半においては、非常に高い値を示しているが、1990年代を通して減少し続け、プロットの2000年 (すなわち2000年から2009年の10年間) 前後には、特に2000cc以下のエンジンサイズの輸出価格のパススルーについてはほぼゼロに近い値を示している。すなわち、グローバル金融危機以降の円高期間においては、現地通貨建て輸出価格には円高上昇コストは反映されず、この期間におけるメーカー側の負担が大きかったことを示している。一方、2012年末から大幅に円安が進んでいる直近の2013年のデータを含む期間(すなわち2004年から2013年の10年間)では、パススルー弾性値の若干の上昇傾向が観測されているものの、その程度は10~20%程度にとどまり、円安による現地通貨建て輸出価格の低下も観測されていない。
この実証結果は以下の重要な政策的含意を有している。すなわち、2012年末以降の円安期においても日本貿易収支の改善が進まないことが指摘されているが、ミクロ的な構造要因として、現地通貨建てにおける輸出価格の硬直化がその一因である可能性を示唆している。
次に小売価格に関する分析を行った。自動車の輸出に際しては、多くの場合、メーカーから海外現地法人を経由してディーラーにより販売されている。この流通構造は、海外現地法人が存在しないことを除き、日本国内においても同様である。すなわち、メーカーの生産コストは共通であるため、米国消費者価格と日本国内消費者価格を比較することで、両国の流通マージンが為替レートに対してどのように変化するかを推察することが可能となる。この分析に関しては、貿易データではなく、両国において公表されている希望小売価格をモデル単位で検証している。図2(論文内のFigure7)は、マツダのアクセラ(米国名Mazda3)の米日小売価格差(米国小売価格/日本小売価格の自然対数)を円・ドルレートに対してプロットしたものである。アクセラ内に複数のグレードがあるため、最高価格グレードと最低価格グレードを比較している。為替レートを示す横軸は、右方向が円高を示しているため、円高と共に米日小売価格差が減少することが示されている。縦軸が自然対数表示のため、両国の小売価格が等しい場合にゼロとなることに注意すると、2004年から2012年までの円高期には、日本での小売価格の方が米国での小売価格より相対的に高くなったことが示されている。
これらの実証結果は、円高期には海外価格を高く設定せざるを得ないという単純な考え方とは異なり、輸出企業は、現地小売企業を含む輸出流通構造全体を通じて、円高に対応するための種々の価格戦略を採用していることを示唆している。

